日本全国津々浦々、それぞれの土地には「物産」や「特産」といわれるものがあります。実は貝細工類もその一つで、かつては現在の伊勢市二見町を中心とする土産物として有名でした。明治28(1895)年に発刊された『神都名勝誌(しんとめいしょうし)』は、当時の二見について「物産貝細工 立石崎にこれを鬻(ひさ)ぐ家多し。店頭に種々の介殻(かいがら)を陳列す。また文房器、香盒具、其の他小児翫好の類、および杯盤、付属品などを製作するものあり。」と紹介しています。全国的に名高い夫婦岩のある立石崎の辺りには、貝や貝細工を売る店が立並んでいたようです。
今回紹介する貝の民具(カメ)は、そうした二見のお土産として販売されていたおもちゃのひとつです。手のひらに乗る大きさの箱は、密閉されていて、それ自体がおもちゃになっています。内側には魚や珊瑚(さんご)、海草が描かれ、アクリルの蓋により、中の様子を見ることができるようになっています。さながら水族館の一つの水槽を想わせる風景です。そしてその水槽の上から潜ってくるのがカメです。カメ自体は動きませんが、手足は箱の振動で、また頭は箱を寝かせたり起こしたりすることで、出たり入ったりを繰り返します。
さて注目するのはカメの甲羅(こうら)です。その光沢から一見してアワビなどの貝が使われているように見えます。しかし、よく考えるとその光沢は、貝の内面に存在するもので、甲羅を表現した場合は反り方が逆になります。つまり普通に貝を使うとすると、光沢のある面は、カメの甲羅でいうならば、内側になってしまいます。
このおもちゃは、意外なところで手の込んだ技術が施されています。使われている貝はサザエで、しかも大きなものの体層(たいそう/サザエの貝殻の口に近い大きく丸みを帯びた所)と呼ばれる部分です。この体層を、カメの甲羅のサイズに切り、表面を光沢のある真珠層(内側の光沢のある面)まで削って作られています。箱が密閉されていますので貝の厚みは測れませんが、よく観察すると極めて薄く仕上げられているようです。
小さなおもちゃではありますが、使われている技術と労力に職人の後姿を感じます。(UK)
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