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いろいろな眼
藤島武二・岡田三郎助展を振り返って

 

20年ほど前と比べて、各展覧会の会期は長くなりました。ところが、いざ展覧会が始まってみると、毎回あっという間に終わってしまうような気がします。今回の藤島武二・岡田三郎助展にしましても、僕自身は状態点検のため展示作品を何十回も見てきたのですが、まだ十分に味わった感覚にはなれませんでした。

 それというのも、作品点検をするときの眼と、鑑賞するときの眼が違うからです。点検をするときの眼はたとえば、額縁と絵画がしっかりと固定されているか、絵具の亀裂は輸送の際に悪化したり剥落したりしないか、どの部分が構造的に弱いか、今処置するべきところはどこなのか、などを見るためにだけ機能します。鑑賞とはまったく違った眼です。

 一方、鑑賞するときの眼はといいますと、これがまた一様ではなく、その時何に関心があるかによってまったく違う眼になるようです。藤島武二と岡田三郎助の作品を前にして、「女性美を比較してみよう」「背景の装飾をじっくり見よう」「それぞれの描画技法の違いや時代ごとの変化をみよう」など、気分次第で眼の機能が変化します。

 おそらく人間の眼はピントの合う範囲も狭ければ、眼から入ってきた情報を脳で処理する能力も限られているからなのでしょう。ただ、これは悲観することではなくて、同じものをいろいろな関心の持っていきようで、いつまでも味わうことのできる、人間にとっての長所となっているように思えてなりません。

(学芸員 田中善明 友の会だより no.88 2011.11)

 

友の会だより文集抄

 

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