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鳥と『帖面』と古仏の微笑

東俊郎

 なんども読みかえしたはずの麻生三郎の『絵そして人、時』の或るところでふと興を惹かれてたちどまった。「三つの頭部」と題されたその文は、たぶん1970年のことだろう、麻生さんが倉敷の大原美術館を尋ねたその足を奈良にのばして飛鳥に至った旅の終わりの嘱目の風景に託して次のようにかいている。

 

 明日香の空に飛ぶ鳥の大きく重そうであるがしかも軽く、足をそろえて いるかたちを見ていると、これらの絵や彫刻にはこの鳥と同じかたちがあったことを今も思いかえしている。

 

 ここで麻生さんのいう絵と彫刻は大原美術館でみたルオーの「道化」とエジプト彫刻の「婦人頭部」のことで、静かにちからづよく底からわいてくる感興が飛鳥寺でみることになった仏に蘇り、そこにかさなる至福が空を飛ぶ鳥に照りかえして、鳥はいわば重たい麻生さんの魂がときのよろしきを得て飛翔したその高揚した気分の象徴となっている、とぼくには読める。まちがいなくそこで出会ったのは自己の絵ごころの根元に触れずにいない「かたち」だったからであり、しかもそれをここでは、

 

 原始で壮大なひろがりのあるそしてながい人間たちの時間のかたちがあった。

 

 と、さらりといいきっている。あたりまえのことのようにみえるが、からだごとの重みのある、しかもケレン味のない謙退深いひとの、おのずからの自信に裏づけられたことばということが大げさでなくわかる。けれどいまかたろうとするのはそのことではない。

 

 ここに一枚のデッサンがある*(1)。その『明日香』と題した風景の、みあげる空に凧のように浮かんでいる十字の記号に似たものに、そこにセザンヌなら「頂点」といいそうな力がこもっていそうで何度もそこに目はもどって、鳥かもしれないし、そうじゃないかもと決めかねる居ごこちのわるさを感じていたそれが、いまのこの文ときれいに照合して、やはり「大きく重そうであるがしかも軽く足をそろえている」その当の鳥にちがいなく、眼華でも星でも塵でも十字架でもないということ。いいたいのはそれ、つまり麻生さんが飛鳥の鳥をえがいていたのを偶然にもみつけた、ただそれだけにすぎない。オドラデクの骨の発見でもあるまいにこの大騒ぎと、或いはあきれられそうなそのことが、しかしどうでもよくない。端は端でも全体につながる一端である。

 

 ようするに大事なことは空念仏でおわらせずちゃんと絵にしている。いいかえると画家のせかいのことばは絵筆以外ではなくて、その絵が詩をつくることばに負けていないということ。批評させると眼はたしかなのに、えがくと模倣と編集の限界をこえられないという点で、きわめて優秀な「批評家」ではあっても、泰西洋画の天才の魔術にしばられて絵を創造的に誤解するちからをもたない画家ばかりの近代日本で、麻生さんはやっと現れてくれた一個の例外的な存在である。ようするに批評をこえて「もの」をつくっている。 『明日香』の絵のなかを飛ぶ鳥のように、血を吐くつもりで発言したことで絵になっていないものはないし逆に絵にならないものは無責任に喋りちらさないという倫理がはたらくのは、この省みて恥じることのない実践とそこからくる充実にしっかりと裏打ちされているからである。

 

 あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む、みたいに枕が枕でなくなりそうだから急いでこの小さな発見をめぐんでくれた『帖面』にはなしを移そう。これは1958年(昭和33)に創刊号を発行した蓬莱屋印刷所のPR誌で、恐らく1982年(昭和57)2月刊の58号をもって終刊した。創刊号の後記に「たんに一印刷所のそれとしてでなく、希わくんば印刷文化一般のPRに資したい所存でおります。題名は明治十八年から震災の年までつづいた蓬莱屋の家業の帳面を偲んだものです。」とあるように、縦十六横十五、五糎の枡型で本文二十頁余のささやかな体裁でありながら、執筆者は流行を気にせずそれにふさわしい人をと吟味してなかなか骨もあり筋もとおった編集を最後までつらぬいて、しかも深刻ぶらず江戸っ子の洒落をわすれず、掌中の珠玉、他にかえがたい燻し銀のような魅力をもって、なかなかあなどるどころではない。たとえば2号(昭和33年10月)の渡辺一夫、高橋新吉、青田健一、福原麟太郎をきっかけに回を追って濱谷浩(3号)山内義雄(訳、4号)吉本隆明・加藤楸邨(10号)深田久弥(22号)坂口謹一郎・森銑三(23号)岡倉由三郎(24号)福永武彦(32号)内藤濯(35号)寿岳文章(47号)金子光晴(53号)野間宏(58号)などが、ふだんより肩のちからを抜いた随筆の名にそむかない小文をよせている。とりわけ福原と森を脇をかためる文殊と普賢に見立てれば麻生さんのしごとは本尊を風雨から守り包みこむ堂宇のようで、創刊から終刊まですべての号の表紙とカットをひきうけて、さらに挿入される図版もそのほとんどは麻生さんのデッサンであるから編集方と結んだ信頼をふくめて『帖面』にたいする麻生さんの肩入はずいぶん深いものがあった。因みに最終号とおもわれる58号は野間宏「わが麻生三郎」、小山正孝「ある体験」、田中清光「ある黙示録」、近藤信行「麻生さんの画室」にデッサン四点をくわえ、長年の慰労をかねた麻生三郎の一大特集になっている。

 

 これら『帖面』でみる麻生さんはいつもの厳しい平面追求の手をちょっとやすめた風の妙味があって、それも又一興とこんどの企画展「麻生三郎のデッサン」で紹介をかねて展示してみた。ところでその展(とかくのが麻生さんのクセのひとつ)の人体と風景デッサンにまじって七点ばかり仏像のが並んでいて、オヤッと意外の感をもったひとがいたかもしれない。麻生さんと仏像の思いがけない組合せ。けれどそうではなかった。すくなくとも『帖面』の読者にかぎって麻生さんの仏像は唐突ではないどころかむしろ親しく自然にあらわれる気配である。或は気がつけばそこにあったという風にとけこんでいる。初出は15号(昭和39年1月)の法輪寺『薬師如来』だが、10号(昭和36年10月)の表紙は石舞台であり、飛鳥寺付近の風景デッサンも同号にのるから、この頃に麻生さんの古仏への旅ははじまったのか。いや、1957年(昭和32)12月後半にはすでに奈良の法隆寺を訪ね、その直後北九州を経由して富貴寺がある国東半島を旅行しているのだから、このあたりを古寺古仏巡礼事始めとみなしてよいようだ。いったいこの古物愛玩の淵源にはかけあしの欧州遊学でみた聖堂その他のキリスト教の文明、とりわけイタリアという風土でのつよい印象があったとはいえるが、それはいいものはいいという麻生さんの眼がすでにあったうえでの感動であり、その視線がさらに時熟して日々に暮すその日本にむかえばこうなるのは当然であって、そうでないほうがおかしいのである。

 

 それにしても『百済観音(法隆寺)』や『十輪院魚養塚』や『野津田薬師』や『如来(唐招堤寺講堂)』をはじめ麻生さんの仏はどれもよくて、みなれた絵ももういちどみようという風に初心をうながすなにかがある。つかいのこした毛糸のほぐれ具合うまく剽軽な表情をかくさない『百済観音』や元気のいいグレゴール・ザムザのような『愛染明王』のユーモラスな曲線。思わず奥さんの顔を想像させる『富貴寺壁画』。『野津田薬師』はこっそりえがいた寝顔みたいだし、『十輪院魚養塚』には童心掬すべきものがあるではないか。そして無雑作のようで無雑作ぢゃなくて、累卵の危うきをむしろ遊んでいる『般若寺』の石塔などなど。デッサンは下絵ではなくカタチを描くことはすべてデッサンだというのは麻生さんの口ぐせだったが、それでも油彩のデッサンのせかいには金輪際登場することのない仏たちはかえって、それだからこそ、のびのびと麻生さんのひく線に自らをまかせ、舞台裏での遊びをたのしんでいるのだろうか。そしてもしかしてそれはひとのつくったものに付随しないでいないきたならしさを透脱して「木はそこに木があることだけで美しい」とかいた、そんな一本の木とおなじような位置を麻生さんのなかで占めているともみえるが、それなら「その辺にある石ころと同じように自分の作品がみられるように」なりたいがなれない麻生さんにとって、仏像はたしかに自分がえがいたものであっても、ひろいあげたひとつの「石ころ」にひとしい眼でみることができる理想に一歩ちかづくためのまたとないメディアだったのかな、ともおもえてくる。自然が自然をみる場所。しかしそれもまたうつくしい嘘にすぎないという声が内心から絵から湧いてくるとき、麻生さんは愛憎のみわけもつかない「近代」に殉じるべく、かきちらした鳥と仏が散華するなかをたたかう絵にふたたびもどってゆく。

 

(ひがししゅんろう・学藝員)

 

作家別記事一覧:麻生三郎

『帖面』 創刊号表紙

『帖面』 創刊号表紙

 

同上 (表紙・裏表紙)

同上 (表紙・裏表紙)

 

*(1)『明日香』(『帖面』27号)

*(1)『明日香』(『帖面』27号)

 

『帖面』45号カット

『帖面』45号カット

 

麻生三郎詩『雉を放す』『土手の向ひ』

麻生三郎詩『雉を放す』『土手の向ひ』

(『帖面』47号)

 

 

『帖面』58号表紙

『帖面』58号表紙

 

法輪寺薬師如来

法輪寺薬師如来

 

富貴寺壁画

富貴寺壁画

 

法隆寺百済観音

法隆寺百済観音

 

十輪院魚養塚

十輪院魚養塚

 

唐招堤寺講堂如来

唐招堤寺講堂如来

 

放光寺愛染明王

放光寺愛染明王

 

富貴寺壁画

富貴寺壁画

 

野津田薬師

野津田薬師

 

般若寺石塔

般若寺石塔

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