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移動美術館 菰野町図書館

2010年1月9日(土)〜24日(日)

菰野町図書館 2階催事室
〒510-1253 三重郡菰野町大字潤田1250
電話059-391-1400  fax059-394-4433

開館時間:午前10時〜午後4時

休館日:1/11(月)、1/18(月)

入場無料

主催:菰野町教育委員会
協賛:三重県立美術館
協力:三重県立美術館友の会

 

◎入場者数 2404名
移動美術館 菰野町図書館 会場風景

移動美術館 菰野町図書館 会場風景

移動美術館 菰野町図書館 会場風景

出品目録+ガイド

no. 作者名 生没年 作品名 制作年 材料 寸法(cm)
1 古賀春江 1895-1933 煙火 1927(昭和2)年 油彩・キャンバス 90.9×60.6
久留米に生まれた古賀は、大正から昭和初頭にかけて日本的な形での超現実主義を導入した画家です。そのスタイルは幾度か変化しましたが、変わりゆこうとする近代という時代とつねに共振していたように思われます。本作品では、画面全体を浸す茶色が夜の暖かく柔らかな感触を伝えるさなか、下方の戸口にあかりがともされることで、空に船や花火が幻のように浮かびあがります。一場の夢というべきでしょうか。
2 梅原龍三郎 1888-1986 山荘夏日 1933(昭和8)年 油彩・キャンバス 62.6×77.8
京都生まれの梅原は、安井曾太郎とともに大正から昭和にかけて日本的な油絵を代表する画家として活動しました。本作品では、明るい赤茶色と緑の対比が、強い日差しの感覚を伝えています。他方赤茶と緑はそれぞれ暗くキーを落とした部分に伴われ、平板さに陥ることがありません。また格子模様がいくつも変化しつつ配されることで、画面に動きを吹きこんでいます。
3 中谷泰 1909-1993 静物 1950(昭和25)年頃 油彩・キャンバス 50.5×60.5
松阪に生まれた中谷は、モダニズムの洗礼を受けながらもそれを咀嚼した温厚な写実によって、静物や風景、また炭坑とそこでの労働者などを描きました。本作品では、テーブルに並ぶ静物が、それぞれ丸みを帯びた輪郭とはっきりした色でたがいに区別されながら、上の方から見下ろす視点によってまとめられています。形を単純化して全体を模様のようにまとめる点に、当時のモダンな感覚を感じることができるでしょう。
4 坂本繁二郎 1882-1969 1960(昭和35)年 油彩・キャンバス 38.0×45.7
久留米に生まれ同郷の青木繁とともに上京した坂本は、やがて、写実から出発しつつ独自の雰囲気を放つ画風を確立しました。そこでは全体が一つの色調に統一されながら、多くの色が内に秘められていると感じさせずにいず、そのため幻影のようにゆらめくのです。本作品でも、薄紫という軽佻になってもおかしくない色が全体を浸し、それでいて感じられるのは、しんと沈潜する存在感ではないでしょうか。箱のくっきりした輪郭や、両脇での影の色分けなどとの対比によって、平板に陥らない厚みがもたらされたのです。中谷(no.3)のにぎやかさと比べてみてください。
5 萬鐵五郎 1885-1927 茅ヶ崎風景 1924(大正13)年 コンテ・紙 26.5×38.0
岩手県に生まれ、ヒュウザン会などを舞台に活動した萬は、フォーヴィスムやキュビスムといったヨーロッパの前衛を摂取する一方で、文人画にも深い関心を寄せました。その意味で日本の近代を体現する画家といえるかもしれません。本作品では、手前の道の明るさと屋根や木立がひしめく中央の暗さが対比され、また道が左上がりに傾いでいるため、ダイナミックな勢いを感じさせます。暗い中央部で、柔らかい質感を活かしてコンテが勢いよく走ったり点を打ったりしており、画面を活気づけています。
6 原精一 1908-1986 Y軍曹 1937(昭和12)年 水彩、鉛筆・紙 33.5×21.5
藤沢に生まれ、萬鐵五郎に師事、また鳥海青児に兄事した原は、動きのある線と色によって人物表現を追求した画家です。軍務で中国、ビルマ、タイに出征した間、原は寸暇を惜しむかのように、手もとにある紙片にスケッチし続けました。本作品でも、水彩で大ぶりに色を掃いたその上から、強い筆勢で鉛筆の線が走り回っており、素早く対象をとらえようとする画家の目と手を感じさせずにいません。
7 松本竣介 1912-1948 1946(昭和21)年 インク・紙 24.0×28.0
東京生まれの松本は、何度か画風の変遷を経つつ、また太平洋戦争の時期をはさんで、都市の風景を描き続けました。この作品では、画面上方に街の眺めがひろがりながら、中央の群像は、重なりあったり尺度が飛び離れていたりと、一見脈絡なく配置されています。しかしだからこそ、近代的な都市のざわめきを感じさせるのではないでしょうか。こうした表現を軽快なペンの動きが支えています。
8 麻生三郎 1913-2000 荒川B 1954(昭和29)年 コンテ・紙 26.0×35.5
東京生まれの麻生は、とりわけ人間像を中心に、写実を基本にしながらも人間のイメージと周囲の空間がほの暗い色調の内で見分けがたいほど溶けあうという独自の作風を確立した画家です。本作品では、横長の画面と横に流れる川べりの景色とが重ねあわされて、寸法の小ささにもかかわらずずいぶん広く感じられます。川岸が上方にゆるく湾曲している点も、こうしたひろがりを強調するのでしょう。他方この湾曲は、紙をえぐるようなコンテの筆致と相まって、寂寥感をたたえた緊張を感じさせずにいません。一方で松本(no.7)の軽快な都会像、他方で同じコンテによる萬(no.5)と比べてみてください。
9 恩地孝四郎 1891-1955 抒情 I 1914(大正3)年 木版・紙(1989年恩地邦郎摺) 13.3×10.9
東京生まれの恩地は、繊細な感情表現によって、日本の版画に新しい時代を築いた版画家の一人です。この作品では、闇のとばりに裂け目が走り、その向こうから意志を感じさせる目が輝きながら現われようとしているかのようです。斜線を主とした構成、その厳格さを緩和する左に走る3本の曲線、そして目というイメージの組みあわせは、抽象でも具象でもない抒情をたたえた幻想を読みとらせることでしょう。
10 谷中安規 1897-1946 瞑想氏 1933(昭和8)年 木版・紙 14.9×21.2
奈良県に生まれ、戦後の焼跡で衰弱死した谷中は、流麗な線を引きにくい木版画の特性を逆に活かして、童話的な幻想を紡いだ版画家です。内田百閧逡カ学者とも親しく交わっていました。タイトルの瞑想氏は、左で腕を組む白い人物なのでしょうか。区切られた空間には星や月、望遠鏡と歯車、機関車、目のようにも見える神経系などのイメージが配され、心の奥で眠っていた記憶の断片が脈絡なく跋扈する夢のような情景と化しています。古賀(no.1)、恩地(no.9)、木下(no.13)それぞれにおける幻想と比べてみてください。
11 福井良之助 1923-1986 からすと花 1956(昭和31)年 孔版・紙 27.0×18.0
東京生まれの福井は洋画家として活動しましたが、1955年頃から65年頃までの約10年間、〈孔版〉による版画を制作しました。〈孔版〉は謄写版、いわゆるガリ版印刷で、原紙にあけた微細な孔をインクが透過して、下に敷いた紙にイメージが印刷されるという技法です。本作品では技法の特性が、暗い調子で浸された画面に、硬質でいながら親密でもある雰囲気をもたらしました。白い花たちと黒い鴉も、鴉の目が花びらに変じることで結びつけられています。
12 駒井哲郎 1920-1976 コミック III 1958(昭和33)年 エッチング、カラーアクアチント・紙 21.0×15.0
東京生まれの駒井は、銅版画によって得られる濃密な質感を最大限に活かして、時に親密な、時に実験的なイメージを紡いだ版画家です。この作品では、画面を縦断する縦長の暗い卵形とも裂け目ともとれる形のまわりに、紙片のようなイメージやネガとポジが反転する小さな円などが、集まってきたのか、漂っているのか、動きとも静止ともとれる状態で身じろぎしています。エッチングの鋭い線とアクアチントによる粒状の質感が、全体を独特の肌触りで浸しています。
13 木下富雄 1923- 習作 (B) 1962(昭和37)年 木版・紙 46.0×60.5
三重郡(現四日市市)に生まれた木下は、1952年以来木版画をもっぱら制作してきました。木下は、人の顔を丸や四角にしてしまいますが、それでも何か表情が必ずこめられているのです。この作品では、巨大な犀の角を思わせるイメージが空に出現するという、不吉でもあればユーモラスでもある光景が描きだされています。こうした幻想が絵空事で終わっていないのは、物質としての版木に語りかけるかのような刻み目がもたらす、独特の肌理ゆえでしょう。福井(no.11)、駒井(no.12)それぞれの質感と比べてみてください。
14 小林研三 1924-2001 1965(昭和40)年 油彩・キャンバス 89.5×71.5
四日市に生まれ、後に桑名で生涯を過ごした小林は、身近な生きものや田園を童話的な幻想として描いた画家ですが、1960年代前半から半ばにかけて、しきりに鳥をテーマにした作品を手がけました。本作品もその一例で、はてしない大空を横切る鳥の姿がとらえられています。鳥自体は消えいりそうな薄塗りで処理されながら、鳥の上にも周囲にもきらめく光のような色が散らされ、鳥の飛翔と虚空とが一つになったひろがりを表わしています。麻生(no.8)における大地のひろがりと比べてみてください。
15 浅野弥衛 1914-1996 作品 1975(昭和50)年 油彩・キャンバス 90.9×90.9
鈴鹿に生まれ生涯を鈴鹿で暮らした浅野は、白ないし黒の地をとがったもので引っかいた線が、時に自在に、時に規則的に走る作風で知られています。本作品では、左側の渦を中心とした密度の高い部分と、右側のすかすかの部分とが対比され、ダイナミックな動きが暗示されています。この動きはしかし、すりつけたような青との対比もあって、決して上滑りすることなく、動きを受けいれるひろがりをこそ感じさせないでしょうか。小林(no.14)における白いひろがりと比べてみてください。
16 諏訪直樹 1954-1990 PT-9055 1990(平成2)年 アクリル・綿布 160×120
四日市に生まれた諏訪は、古来の伝統と西欧の近代が交わる日本の近代において、絵を描くとは何かと考え続けた画家です。漆黒の暗がりに激しい波しぶきがはねるとも映る本作品では、近づいてみると金、銀、銅色の筆触が金属的な質感を放っており、伝統的な波濤描写における装飾性を連想させもします。他方黒地には透けた部分もあり、筆触の動勢と相まって、空気の通う空間を生じさせています。浅野(no.15)における黒いひろがりと比べてみてください。
17 橋本平八 1897-1935 猫 A 1922(大正11)年 ブロンズ(1991年鋳造) 33.7×25.2×14.5
詩人北園克衛の兄で伊勢の朝熊村に生まれた平八は、伝統的な木彫を近代という時代に対応したものにしようとした彫刻家です。この作品は、古代エジプトの彫刻にヒントを得て制作されたということです。のばした前脚と後脚に対する首のひねり、そして背中の丸さの組みあわせが、猫に動きと安定感とを同時に与えています。他方端然と落ち着いているがゆえに、その視線は見る者を対話に誘っているのではないでしょうか。
18 石井鶴三 1887-1973 1938(昭和13)年 ブロンズ 27.7×31×18.8
東京生まれの石井は、画家石井柏亭の弟で、荻原守衛の《文覚》(1908)に触発され、西欧のそれとは異なる彫刻を追求しました。また小説の挿絵も盛んに手がけています。本作品では、背中を丸めて威嚇する猫の姿がとらえられていますが、前脚はまっすぐ伸ばしつつ、後脚は微妙にひねられており、攻撃と逃走のいずれにも瞬時に切り替えができそうです。
19 柳原義達 1910-2004 1963(昭和38)年頃 ブロンズ 24.0×21.0×13.0
神戸生まれで戦後の具象彫刻を代表する作家の一人である柳原の作品は、細々した細部を再現してはいないけれども、そこに生気が宿るという特色をしめしています。本作品は人物や鴉、鳩を主に手がけた柳原には珍しく猫を扱ったもので、伸びをする猫のしぐさが生き生きととらえられています。左の後脚は背中を掻いているのでしょうか。平八(no.17)の端然たる落ち着き、鶴三(no.18)の威嚇する身ぶり、そして柳原のくつろぎと、猫三態を比べてみてください。
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