この資料は、江戸時代後期から明治時代にかけて浮世絵界の一大流派を築いた歌川派の始祖・歌川豊春(享保20(1735)年から文化11(1814)年)の代表的な作品のひとつで、江戸駿河町に店を構えた三井越後屋の店内を描いたものです。豊春は、画面手前の絵が浮いたように見える浮絵と呼ばれる画法を得意としました。浮絵は、西洋画の透視遠近技法(とうしえんきんぎほう)が取り入れられて成立したもので、遠近感が強調された従来にない斬新な表現として人気を博しました。この資料もこのような浮絵の作品のひとつで、「現金掛け値なし」の店頭売りという新商法で大成功し、江戸屈指の大店(おおだな)となった越後屋三井呉服店の広い店内の様子が、浮絵の特性を存分に活かした画面構成によって効果的に描かれています。
越後屋呉服店は、伊勢松阪出身の伊勢商人・三井高利(みついたかとし)が興した店で、後の三越百貨店の前身です。高利は、それまでの呉服販売の主流であった訪問販売が、代金を年に数回まとめて後払いする仕組みのため「掛け値(利子)」が付き高値になっていたことに目をつけ、店頭で豊富な商品の中から選ぶことができ、掛け値なしの現金払いで安価に呉服を購入してもらう薄利多売方式の商法で大成功を収めました。
この資料を見ると正面両側の柱に「現金かけねなし」のうたい文句が見えます。高く表現された天井と100畳(じょう)を優に超える広大な畳敷きからなる広い店内は、浮絵の遠近効果によってさらに印象深いものとなっています。天井からは各売り場の担当店員の名を記したものらしい垂れ幕や見本の着物が数多くつるされ、またその下には店員と客の活気あふれる商談の様子が描かれるなど、新商法により繁盛した三井越後屋の様子がいきいきと表現されています。この資料は、今日まで伝存している数も少なく、浮世絵作品として希少性の高いもので、またわが国の商業発展の歴史をビジュアルに知るとともに、伊勢商人の活躍ぶりをうかがう資料としてもたいへんに貴重なものです。 (A)
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