ムシトリスミレ(Pinguicula vulgaris)
資料名 | 和名 ムシトリスミレ 学名 Pinguicula vulgaris |
分 類 | 種子植物門 被子植物亜門 双子葉植物綱 合弁花亜綱 タヌキモ科 ムシトリスミレ属 |
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資料形態 | 植物本体レプリカ 生育環境 (岩盤着生状態) レプリカ |
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原資料産地 | 松阪市 | ||
![]() ムシトリスミレ(レプリカ) |
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![]() 生育環境(レプリカ) |
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解 説 | |||
ムシトリスミレは高山帯の湿った岩上などに生育する多年草です。根の際から放射状に広げた数枚の葉の表面には粘液をだす短い腺毛が密生しており、名前のとおり小さな昆虫を捕らえて消化吸収し、自らの養分とする食虫植物です。夏に葉の付け根からのばした花茎の先端にスミレによく似た紫色の花をつけますが、分類的にはスミレ科とは縁遠いタヌキモ科に属しています。 ムシトリスミレは主に本州中部以北の冷涼な高山帯で見られる植物ですが、分布には面白い特徴があります。それは本州中部から遠く離れた四国の徳島県および高知県の山地にも分布していることです。近年までこの間の地域では分布が確認されていなかったため、分布の謎とされていました。しかし、後に三重県で確認され、さらには岐阜県の奥美濃地域でも見つかったことで、西日本でも飛び石のように点々と自生することがわかってきました。 西日本でムシトリスミレが分布している場所にはいくつかの共通する特徴があります。一つは生育地やその付近に石灰岩が見られることです。石灰岩は成分などの理由から植物生育の条件となりうる岩石です。二つ目は滝や渓谷が近くにあることです。滝や渓谷からの風は冷涼で湿気の多い環境をつくり、夏の暑さに弱いムシトリスミレにはすごしやすい環境をつくり出しています。このため、ムシトリスミレが西日本で飛び石状の分布を示す理由は、次のように考えられています。寒い地域に生育するムシトリスミレの先祖は地球が寒冷化した氷河期に、いまより南の地域まで分布を広げていました。しかし、後の温暖化により、南方のムシトリスミレの多くが生育できなくなる中、先に述べたような環境条件の場所で生き残り、飛び石状の分布(隔離分布)となりました。これらのことから、西日本のムシトリスミレは氷河期の遺存種とよばれています。 隔離分布している生物は、長期にわたって他の地域の同種個体と遺伝的に交じり合う機会を失っているため、独自の変化を遂げていることがあります。三重県に分布しているムシトリスミレも花や葉の形質が他の産地のムシトリスミレと異なることから変種とされています。微妙な違いかも知れませんが、三重県のムシトリスミレが失われることは、この地球上から特徴ある生物が消えることを意味します。このため、三重県ではムシトリスミレを天然記念物(地域指定)や希少野生動植物種に指定し、生育地のパトロールも実施していますが、盗採が後を絶ちません。ムシトリスミレは、持ち帰って鉢植えにしても夏の暑さで枯れてしまううえ、個体数の微妙なバランスが崩れた自生地では、絶滅の可能性があることを理解していただきたいと思います。三重県のムシトリスミレは、特殊な環境にかろうじて生き残った進化の歴史の証人です。大切に守り、育てていきましょう。(M) |