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その時代の画家たちに関連する文献目録

森本 孝:編

画集・単行書

『近代日本洋画史』土方定一著 昭森社 1941年
『明治大正の洋画』森口多里著 東京堂 1941年
『明治美術名作集』朝日新聞社編 朝日新聞社 1943年
『現代美術・近代美術とレアリズム』土方定一著 吾妻書房 1948年
『近代日本美術資料第1、3輯』美術研究所編 美術出版社 1948、51年
『今日の美術と明日の美術』滝口修造著 読売新聞社 1953年
『近代日本美術全集3、4〈洋画編)』隈元謙次郎著 東都文化交易株式会社 1954年
『美術入十年史』森口多里著 美術出版社 1954年
『近代日本美術全集6(現代編)』今泉篤男著 東都文化交易株式会社 1955年
『近代画家群』矢代幸雄著 新潮社 1955年
『現代日本美術全集』1〜10 座右宝刊行全編 角川書店 1955−56年
『世界美術全集』第25、28、29巻 平凡社 1957年
『近代の洋画人』土方定一ほか著 中央公論美術出版 1959年
『近代日本洋画の展開』匠秀夫著 昭森社 1964年
『近代洋画の青春像』原田実著 東京美術 1965年
『フュウザン会と草土社』(近代の美術43) 島田康寛著 至文堂 1976年
『土方定一著作集』土方定一著 平凡社 1976年
『大正の個性派』(原色現代日本の美術第6巻)匠秀夫著 小学館 1978年
『河北倫明美術論集』河北倫明著 講談社 1978年
『白樺派と近代美術』東珠樹著 東出版 1980年
『大正の青春群像・ヒューマニズムの胎動』東珠樹著 美術公論社 1984年
『二科七十年史』二科七十年史編集委員会編 社団法人二科会、日本経済新聞社 1985年8月
『上野山清貢画集』上野山貢三郎編 北海道新聞社 1982年2月
『青白き夢』素木しづ子著 新潮社 1918年3月(追悼文「しづ子の霊前へ」は上野山清貢著)
『美しき牢獄』素木しづ子著 玄文社 1919年1月
『思ひ出づるまま』三宅克己著 光大社 1938年
『日本近代絵画全集8』 小倉忠夫著 講談社 1963年
『関根正二 村山回槐多 近代日本美術史2』佐々木静一・酒井忠康編 有斐閣 1977年
『槐多の歌へる』山崎省三編 アルス 1921年
『村山槐多画集』山崎省三編 アルス 1921年
『村山槐多詩集』(創元文庫)草野心平編 創元社 1951年
『劉生画集及芸術観』岸田劉生著 聚英閣 1920年
『岸田劉生』土方定一著 アトリヱ社 1941年
『美術論集』武者小路実篤著 実業之日本社 1942年
『岸田劉生』(千人文庫4) 瀧本貞二郎著 建設社 1947年
『人間画家』内田巌著 宝雲閣 1947年
『岸田劉生』武者小路実篤著 小山書店 1948年
『岸田劉生』土方定一著 創元社 1948年
『美の本体』(市民文庫60)岸田劉生著 河出書房 1951年
『岸田劉生画集』鈴木信太郎著 美術出版社 1952年
『劉生絵日記1〜3』岸田劉生著 龍星社 1952、53年
『岸田劉生・椿貞雄の回想から』岸田麗子著 雪華社 1961年
『小出楢董・岸田劉生』(世界名画全集続巻5)岸田麗子著 平凡社 1962年
『岸田劉生』(日本近代絵画全集第5巻)嘉門安雄著 講談社 1962年
『岸田劉生』土方定一著 日動出版部 1971年
『岸田劉生』(近代の美術8)至文堂1972年
『岸田劉生』(現代日本美術全集第8巻)岡畏三郎著 集英社 1972年
『劉生』(平凡ギャラリー7)粟津則雄著 平凡社 1973年
『岸田劉生』(日本の名画第39巻)東珠樹著 講談社 1973年
『岸田劉生とその周辺』東珠樹著 東出版 1974年
『岸田劉生装画集』東珠樹著 東出版 1974年
『劉生の死』岸田礼著 劉生の会 1985年
『岸田劉生』(巨匠の名画第11巻)匠秀夫著 学習研究社 1976年
『岸田劉生』(日本の名画第21巻)富山秀男著 中央公論社 1976年
『岸田劉生TUV』(近代画家研究資料)東珠樹著 東出版 1976、77年
『岸田劉生(芸術選書)』東珠樹著 中央・論美術出版 1978年
『岸田劉生全集』(全10巻)岸田劉生著 岩波書店 1979、80年
『岸田劉生画集』岩波書店 1980年
『劉生・1925年』岸田幸四郎著 皆美社 1981年
『岸田劉生』(日本水彩画名作全集4) 富山秀男著 第一法規出版 1982年
『岸田劉生画集』岩波書店 1984年
『楢重雑筆』小出楢重著 中央美術社 1927年1月
『めでたき風景』小出楢重著 創元社 1930年5月
『油絵新技法』小出檜重著 アトリエ社 1930年10月
『大切な雰囲気』小出播重著 昭森社 1936年1月
『小出楢重作品集』小出楢重著 春鳥会 1936年10月
『小出楢重画集』小出楢重著 春鳥会 1932年5月
『小出楢重素画集』小出楢重著 座右宝刊行会 1934年5月
『油絵の新技法』小出楢重著 中央公論美術出版 1964年
『小出楢重』匠秀夫著 日動出版部 1975年2月
『画道精進』椿貞雄著 光風社書店 1969年
『安井曽太郎画集』アトリエ社 1927年
『安井曽太郎画集』安井曽太郎著 アトリヱ社 1932年
『安井曽太郎』嘉門安雄著 日本経済新聞社 1979年
『N.KOIDE』 黒田重太郎著 美術出版社 1955年
『小出楢重絵日記』小出楢重著 求龍堂 1968年
『萬鉄五郎画集』萬鉄五郎著 平凡社 1932年
「私と有島生馬」東郷青児『NHK日曜美術館』9 学習研究社 1978年
『東郷青児画集』第一書房 1931年9月
『現代作家デッサン・東郷青児』東郷青児著 芸艸堂 1959年
『洋画の描き方』(十銭文庫)東郷青児著 誠文堂 1930年
『恋愛株式会社』東郷青児著 白文社 1931年5月
『手袋』〈青児コント集〉東郷青児著 昭森社 1936年6月
『カルパドスの唇』〈青児随筆集〉東郷青児著 昭森社 1936年10月
『星と菫』東郷青児著 昭森社 1940年3月
『画集東郷青児』毎日新聞社 1971年
「私と関根正二」今東光『NHK日曜美術館』2 学習研究社 1977年
『近代挿絵考』木村荘八著 双雅房 1943〜45年
『随筆美術帖』木村荘八著 双雅房 1943〜45年


カタログ

『(第1回)二科美術展覧会目録』上野公園竹之台陳列館 1914年10月10日〜30日
『第2回二科美術展覧会目録』三越呉服店 1915年10月13日〜26日
『第3回二科美術展覧会目録』三越呉服店 1916年10月13日〜26日
『第4回二科美術展覧会目録』上野公園竹之台陳列館 1917年9月10日〜30日
『第5回二科美術展覧会目録』上野公園竹之台陳列館 1918年9月10日〜30日
『第6回二科美術展覧会目録』上野公園竹之台陳列館 1919年9月2日〜29日
『現代の美術社主催第1回美術展覧会出品日録』1915年10月17日〜31日
『草土社第2回美術展覧会出品目録』1916年4月1日〜10日
『草土社第3回美術展覧会出品目録』1916年11月11日〜17日
『第4回草土社展覧会出品目録』1917年4月20日〜26日
『草土社第5回美術展覧会出品日録』1917年12月15日〜24日
『草土社第6回美術展覧会出品日録』1918年12月14日〜23日
『草土社第7回美術展覧会出品目録』1919年12月8日〜17日
『草土社第8回美術展覧会出品日録』1920年12月16日〜25日
『草土社第9回美術展覧会出品日録』1922年12月4日〜13日
『草土社の画家たち』奈良県文化全館 1971年9月4日〜10月3日
『白樺派の画家たち』草土社・大調和回顧展 日本橋東急 1971年10月8日〜18日
『白樺の世紀展』西宮市大谷記念美術館 1981年1月25日〜2月22日
『岸田劉生とその周辺』浜松市美術館 1976年1月18日〜2月15日
『白樺と大正期の美術』東京都美術館 1977年8月25日〜8月21日
『岸田劉生と草土社』下関市立美術館 1985年9月14日〜10月20日
『河野通勢・その父と子と』長野信濃美術館 1978年
『白樺同人 河野通勢展』清春白樺美術館
『青春・河野通勢』不忍画廊 1982年10月19日〜11月20日
『洋画三代 河野次郎 通勢 通明展』西紘画房 1981年12月5日〜14日
『上野山清貢画伯近作油絵展覧会』日動画廊 1939年6月20日〜23日
『上野山清貢展』(北海道と近代洋画シリーズ4)北海道立近代美術館 1971年8月
『上野山清貢展』北海道立近代美術館 1981年5月16日〜6月14日
『伊東深水 木版画新版展覧会』京都朝日会館 1925年11月1日〜7日
『伊東深水展』三越本店 1972年8月29日〜9月3日
『村山槐多遺作展目録』兜屋画堂 1919年
『岸田劉生遺作展覧会』室内社画堂 1930年1月
『岸田劉生十周忌回顧展覧会』資生堂 1938年5月14日〜18日
『岸田劉生十五周年油絵素描回顧展』日本楽器画廊 1943年12月13日〜20日
『没後二十五年記念劉生展』銀座松坂屋 1955年4月15日〜24日
『岸田劉生三十三周忌記念代表作展』銀座松坂屋 1961年8月19日〜27日
『近代作家の回顧・岸田劉生』東京国立近代美術館 1966年5月27日〜7月10日
『岸田劉生展』秋田市美術館 1968年9月19日〜10月13日
『岸田劉生展』新宿小田急百貨店 1970年11月4日〜12月8日
『岸田劉生展』愛知県美術館 1976年9月8日〜19日
『岸田劉生展』石川県美術館 1978年6月8日〜7月9日
『没後50年記念岸田劉生展』
  東京国立近代美術館 1979年4月6日〜5月27日
  京都国立近代美術館 1979年6月5日〜7月15日
『岸田劉生展』清春白樺美術館 1984年4月24日〜5月27日
『劉生の写実』倉吉博物館 1984年4月7日〜5月6日
『岸田劉生・激情の生涯展』笠間日動美術館 1985年9月12日〜11月5日
『東郷青児個展』日比谷美術館 1915年
『東郷青児第2回油絵小品展覧会』青樹社 1939年3月
『現代作家デッサン―東郷青児―』銀座松屋画廊 朝日新開社 1959年1月
『東郷青児展』横浜松屋 1966年3月
『東郷青児展―画業50年記念―』銀座松屋 毎日新聞社 1967年1月
『東郷青児油絵展』日本橋三越 1975年10月
『東郷青児展』高岡市立美術館 共同通信社 1978年10月
『東郷青児展』藤沢さいか屋 神奈川新聞社 1978年11月
『回顧 東郷青児展』東郷青児美術館 1979年4月24日〜6月8日
『幻想とロマンの60年・東郷青児回顧展』三越本店 1979年8月14日〜26日
『椿貞雄洋画個人展覧会』銀座資生堂 1936年12月7日〜11日
『椿貞雄油絵個展』三越 1949年4月6日〜12日
『椿貞雄個展』日本橋丸善 1951年
『椿貞雄展』上野松坂屋 1957年4月23日〜28日
『椿貞雄回顧展』三越 1969年8月5日〜10日
『有島生馬展(特別陳列安井曽太郎遺作)』1956年2月10日〜3月10日
『京都が生んだ洋画の巨匠・安井曽太郎展』1979年3月3日〜4月8日
『東郷青児個展』銀座松屋 1959年1月
『林倭衛遺作回顧展』サエグサ画廊 1968年2月19日〜24日
『陽咸二彫刻回顧展』ときわ画廊 1968年3月4日〜9日
『没後五十周年記念・陽咸二彫刻展』美術研究「芸林」 1986年6月17日〜29日
『生誕百年記念・萬鉄五郎展』
  神奈川県立近代美術館 1985年6月22日〜7月21日
  三重県立美術館 1985年7月27日〜8月25日
  宮城県美術館 1985年8月31日〜9月29日
『木村荘八個展』高島屋 1947年12月9日〜15日
『小出楢重遺作展』大阪三越 1931年12月
『木村荘八挿絵展』虎ノ門・商工会館 1952年3月5日〜15日
『横堀角次郎作品展』群馬県立近代美術館 1984年10月2日〜28日
『小出楢重展』神奈川県立近代美術館 1969年8月9日〜9月14日
『小出楢重・鍋井克之展』京王1976年1月4日〜15日
『生誕90年・小出楢重展』西宮市大谷記念美術館 1978年9月2日〜10月1日
『ある画家の生涯と芸術展・小出楢重』兵庫県立近代美術館 1980年9月2日〜28日


定期刊行物

「二科美術展覧会」 石井柏亭 『太陽』1914年8月
「二科会創立の頃」 石井柏亭 『みづゑ』1923年10月号
「二科十年の回想」 津田青楓 『中央美術』1923年10月号
「日本美術界」の分野――二科会」 田沢田軒 美術新論』1932年10月号
「足跡を辿りて」 藤島武二 『美術新論』1930年4、5月号
「二科会のレゾンデエトル」 有島生馬 『アトリヱ』1933年9月号
「二科二十年史」 石井拍亭 『アトリヱ』1933年9月号
「二科合展今昔」 正宗得三郎 『アトリヱ』1933年9月号
「芸術制作の解放」有島武郎 『新公論』1943年10月
「フューザン会・ノオト」 木村荘八 『アトリヱ』1946年8月
「フューザン会」 岡畏三郎 『美術研究』1956年3月
「大正期と異端の系譜」 土方定一・寺田透 『みづゑ』1957年12月
「草土社は何故嫌はれたか」 椿貞雄著 『アトリヱ』1926年4月
「大正洋画壇の二人・萬鉄五郎と岸田劉生の場合」『三彩』1971年2月
「洋画家の南画〈岸田劉生と萬鉄五郎の場合〉」『三彩』1971年10月
「岸田劉生におけるデューラー」 瀬本慎一 『芸術公論』1984年7月
「草土社回顧」 金井紫雲 『新美術』1943年6月
「岸田劉生と草土社・草土社展の意義」 東珠樹 『三彩』1971年12月
「大正絵画史」 馬場京子 『萠春』1974、1975年
「草土社の創立について」 岡畏三郎 『美術研究』1975年1月
「特集・二科60周年」 東郷育児ほか 『アサヒギャラリー』5−5 1975年
「草土社」 馬場京子 『萠春』240 1975年
「劉生とその仲間たち」 島田康寛 『繪』1976年8、11月
「草土社の人々」 松島光秋 『繪』1978年3月
「草土社の周辺」 芳賀徹 『美術手帖』1979年5月
「挿絵逸品考」 河野通勢 『東京朝日新開』1936年9月27日〜30日
「挿絵漫語」 河野通勢 『東陽』1−5 1936年
「洋画家三代(次郎、通勢、通明)展について」 河野通明 『西紘画房ニュース』1981年12月
「木曽の秋」1−4 河野通勢『東京朝日新聞』1935年11月16日〜19日
「戦争画雑筆」1−4 河野通勢 『東京朝日新聞』1938年4月27日〜30日
「着せたい着物(楽しい主題 童心を描く」『東京朝日新聞』1937年4月23日
「写生と描線」 伊東深水『アトリエ』4−2 1936年 
「処女作“のどか”のこと」 伊東深水 『塔影』1936年8月
「深水の版画処女作“対境”その他」 藤懸静也 『浮世絵と版画』1 1946〜1950年
「特集・伊東深水」『造形』2−7 1957年
「関根正二と私」 伊東深水 『三彩』127 1960年
「清親のことなど」 伊東深水 『萠春』156 1967年
「近代女性美を描く証人(伊東深水)」 細野正信 『毎日新開』1975年12月30日
「夭折したる二人の画家」 川路柳虹 『美術写真画報』1920年9月号
「村山回槐多と関根正二」 小倉忠夫 『美術手帖』1966年7月号
「関根正二と村山槐多・生き急いだ惑星たち」 真壁仁 『アート・トップ』1975年
「青木繁・村山槐多・関根正二」 松永伍一 『デフォルマシオン』1978年
「岸田劉生論(劉生特輯号)」『中央美術』1920年8月
「岸田劉生追悼記念号」『アトリエ』1930年2月
「岸田劉生を憶ふ」 木村荘八ほか 『美之国』1930年2月
「故岸田劉生追悼」 武者小路実害ほか 『美術新論』1930年2月
「岸田劉生を惜む」 千家元麿ほか 『みづゑ』1930年2月
「特輯岸田劉生日本画論」 木村荘八・内田巌 『画論』1941年12月
「岸田劉生の人と芸術」 椿貞雄 『新美術』1942年10月
「岸田劉生をめぐって」 椿貞雄 『みづゑ』1955年1月
「デューラーと近代日本美術・岸田劉生の場合」 佐々木静一 『別冊みづゑ』1969年8月
「冬瓜図について・岸田劉生展を機に」 浅野徹 1979年8月
「エクス・リブリスのはなし」 清宮彬 『三彩』22 1960年
「草土社時代」 椿貞雄 『アトリエ』1928年3月
「特集・椿貞雄(椿さんのこと 北川桃雄/椿貞雄の画 武者小路実篤/椿について一言 長与善郎/椿貞雄君の事 中川一政/童顔・童心 平塚運一/椿先生と私 林彦三郎/椿先生寸感 金子鋭/椿さんの絵について 荒城季夫/作家の言葉 椿貞雄/椿貞雄略年譜〉」『造形』3−10 1957年
「椿貞雄(美術人論断)」『東京新聞夕刊」1957年5月22日
「美術団体は無用か」 東郷青児ほか 『読売新聞夕刊』1952年10月11日
「有島生馬(美術人論断)」『東京新聞』1957年3月27日
「特集・東郷青児」 東郷青児ほか 『造形』2−1 1957年7月
「有島画伯を囲んで〈座談会〉」『南日本新開』1957年1月23日
「おとなしい画家(茶の間)」 有島生馬 『毎日新聞夕刊』1959年11月2日
「追悼・石井柏亭」 有島生馬 『みづゑ』644 1959年
「記者との対話〈新帰朝作家の観たる今秋の美術界〉」 安井曽太郎 『美術』1の1 1916年11月号
「旧作の感ひ出三つ四つ」(談)『美術』1の2 1916年12月
「思ふ事一二」『美術』1の11 1917年9月号
「安井君の絵と僕の絵」 満谷国四郎 『美術新報』15−1 1915年11月号
「安井曽太郎論」 津田青楓 『中央美術』1−3 1915年12月号
「安井普太郎君に就て」 山本源之助 『中央美術』2−4 1916年4月
「正宗君と安井君の画」 坂本繁二郎 『美術』1-1 1916年11月
「安井曽太郎君の芸術」 津田青楓ほか 『美術』1の2 1916年12月号
「安井曽太郎氏の芸術と生活」 中川紀元ほか 『中央美術』10−7 1924年7月号
「小出楢重と宇野浩二(二人の出会い)」 岡田隆彦 『三彩』213 1967年
「小出楢重―その日本的伝統と近代性」 匠秀夫 『美術手帖』319 1969年
「特集・没後50年小出楢重」 匠秀夫ほか 『みつゑ』908 1980年
「理屈嫌ひの理屈」 東郷青児 『アトリエ』13−5 1936年
「ダダイズムと未来派」〈特集 摂取から交流へ〉 東郷青児 『美術手帖90』1955年1月
「東郷青児(訪問)」 今日出海『 美術手帖』130 1957年
「東郷青児(人物点描)」『サンデー毎日』1957年6月16日
「私の履歴書」1〜25 東郷青児『日本経済新聞』1960年8月12日〜9月5日
「東郷青児の世界―女を描いて60年―」『毎日グラフ別冊』 嘉門安雄ほか 毎日新聞社1978年7月
「美術特集東郷青児」『アサヒグラフ別冊』 米倉守、今東光ほか 朝日新聞社1977年5月
「東光金蘭帖―東郷青児―」 今東光 中公文庫 1978年8月
「立体派の待遇を受ける一人として」 佐藤春夫 『読売新聞』1917年9月16日
「二つの回顧展―林倭衛回顧展・野田英夫遺作展」 菊池明子 『美術グラフ』17−3、4 1968年
「林倭衛」(気まぐれ美術館67) 洲之内徹 『芸術新潮』355 1979年
「林倭衛」(埼玉の美術家たち2) 坂本哲男 『ソカロ』2 1983年
「陽咸二君のこと」 斎籐素厳 『文芸春秋』14−7 1936年7月
「陽咸二氏逝去」『中央美術』27 1936年10月
「偶感 萬鉄五郎」『岩手毎日新聞』1912年10月4日、6日、13日
「友人の批評に答へる手紙」 萬鉄五郎 『岩手毎日新聞』1913年1月1日
「七光会に出した絵其他」 萬鉄五郎 『岩手毎日新聞』1915年7月4日
「ビンヨン氏の狩野派観(一〜七)」 萬鉄五郎評 『岩手毎日新聞』1915年4月21日〜24日、26日〜28日
「二科院展に於ける一作家及び一作品に対する感想」 萬鉄五郎 『みづゑ』1917年10月号
「文展洋画概観」 萬鉄五郎 『みづゑ』1917年11月号
「齋藤君」 萬鉄五郎 『中央美術』1918年4月号
「洋画界の分野と昨年の収穫(上・下)」 萬鉄五郎 『岩手毎日新聞』1919年1月6日、7日
「第一回帝展合評」 萬鉄五郎 『みづゑ』1919年11月号
「萬鉄五郎・生涯と芸術」1−5  陰里鉄郎 『美術研究』255、258、262、273、290 1968年1月〜1973年11月
「草土社といふ名」 木村荘八 『新美術』1943年6月
「草土社・岸田劉生について」1−4 木村荘八 『美術』1946年4月〜7月
「草土社・岸田劉生について」1−4 木村荘入 『みづゑ』1946年11、12月
「日本画私感」 木村荘八 『三彩』14 1947年
「写実対装飾」 木村荘八 『三彩』23 1948年
「フューザン会・草土社・春陽会」 木村荘八 『美術手帖』38 1951年1月
「二人の先輩(岸田と萬)」 木村荘八 『美術手帖』52 1952年
「亡びゆく浮世絵木版(座談会)」 木村荘八ほか 『美術手帖』114 1957年
「文展初期の頃(対談)」 木村荘八・中沢弘光 『美術手帖』117 1957年
「追悼・木村荘八」 みづゑ編集部 『みづゑ』644 1959年
「木村荘八逝く」 岡鹿之助 『美術手帖』152 1959年
「雑筆一年(1)―巴里からの手紙」 鍋井克之 『みづゑ』205号 1922年3月
「新人小景―帽子から見た小出君」 国技金三 『中央美術』12−4 1926年4月
「新人小景―小出楢重君」 横井礼市 『中央美術』12−4 1926年4月
「人物月旦―小出楢重論」 梵平 『アトリヱ』3−7 1926年7月
「人物月旦―小出楢重論」 三木貞男 『アトリヱ』3−7 1926年7月
「人物月旦―小出楢重さん」 杉山秀一 『アトリヱ』3−7 1926年7月
「人物月旦―小出と云ふ人」 大植ひろし 『アトリヱ』3−7 1926年7月
「人物月旦―勝手な感想」 清矢生 『アトリヱ』3−7 1926年7月
「小出楢重論―珍らしい天分の保持者」 正宗得三郎 『アトリヱ』7−5 1930年5月
「逝ける小出楢重氏―専門洋画家小出君」 安井曽太郎 『アトリヱ』8−4 1931年4月
「逝ける小出楢重氏―小出君の追想」 正宗得三郎 『アトリヱ』8−4 1931年4月
「木村荘八をいたむ」 中川一政 『三彩』110 1959年
「草土社創立の頃」 横堀角次郎 『現代の眼』1963年9月
「草土社創立の頃」 横堀角次郎 『三彩増刊』234 1968年
「転機」 素木しづ 『黒潮』1917年9月号


展覧会批評

「二科会を許す」 斎藤与里 『中央公論』1914年11月号
「今秋芸術の概観」 坂井犀水 『美術新報』14−1 1914年11月
「見るべきもの少なからず」 坂井犀水 『美術新報』1914年11月号
「二科展覧会を観て」 三宅克己 『読売新聞』1914年10月22日
「二科美術展覧会」(秋の展覧会6−8) N生 『読売新聞』1914年10月13日〜15日
「二科会を許す」 斎藤与里 『中央公論』1914年11月号
「今秋の展覧会にて予の注意を惹きたる二三の絵画につきて」 児島喜久雄 『美術新報』1914年11月号
「辻にたちて」 中沢弘光 『美術新報』14−11 1914年11月号
「洋画の収穫3−5 印象派の流」 有島生馬 『読売新聞』1914年10月25、27、28日
「木村、岸田両氏」 坂本繁二郎 『読売新聞』1914年10月26日
「二科会と世評」 石井拍亭 『読売新聞』1914年10月26日
「二科会の人々と其芸術」 斎藤与里 『文章世界』1915年11月号
「二科会展覧会評」 斎藤与里 『中央美術』1915年11月号
「二科会同人の諸作」 石井柏亭 『中央美術』1915年11月号
「今秋の展覧会を見て」 安井曽太郎 『みづゑ』129 1915年
「述懐」 小川千甕 『みづゑ』129 1915年
「個人主義の二科」 山下新太郎 『読売新聞』1915年10月10日
「今年の二科会」 石井拍亭 『読売新聞』、1915年10月10日
「二科会一見記」1〜8  斎藤与里 『読売新聞』1916年10月17、19、20、23、24、25、27、28日
「二科展覧会評」 斎藤与里 『中央美術』1916年11月号
「二科会の招待日」 一記者 『中央美術』1916年11月号
「文化二科会概観」 大隈為三 『美術新報』1916年10月号
「二科展覧会」 梅原良三郎 『読売新聞』1916年10月22日
「運動と傾向と」 石井柏亭 『読売新聞』1916年10月22日
「今秋の二科会」 児島喜久雄 『美術新報』1917年11月
「二科会の出品作品」 山脇信徳 『中央美術』1917年10月号
「鑑別所感(出品者へ)」 津田青楓 『みづゑ』1917年10月号
「院展、二科の水絵と素描」 小川千甕 『みづゑ』1917年10月号
「二科院展の洋画」 斎藤与里 『みづゑ』1917年10月号
「院展、二科の水絵と素描」 森田恒友 『みづゑ』1917年10月号
「二科院展に於ける一作家一作品に対する感想」 諸家(正宗得三郎ほか) 『みづゑ』1917年10月号
「二科会の使命」 有島生馬 『読売新聞』1917年9月16日 日曜付録・二科会号
「二科会小評」 石井柏亭 『読売新聞』1917年9月16日
「二科会へ出した」 岸田劉生 『読売新聞』1917年9月16日
「岸田の態度には賛成」 木村荘八 『読売新聞』1917年9月16日
「今年の二科会」 尾島菊子 『読売新聞』1917年9月16日
「二科展覧会を許す1〜7」 大野隆徳 『読売新聞』1918年9月11日〜21日
「二科会の印象」 山本鼎 『中央美術』1918年10月号
「二科会々員の諸作」 斎藤与里 『中央美術』1918年10月号
「二科展覧会の新人」 大野隆徳 『中央美術』1918年10月号
「注目されたる作品」 諸家(仲木貞一ほか)『中央美術』1918年10月号
「今秋の美術界」 戸張孤雁 『みづゑ』1918年10月号
「二科と院展の水絵」 石井柏亭 『みづゑ』1918年10月号
「二科会瞥見所感」 石井鶴三 『みづゑ』1918年10月号
「二科会今後の使命」 有島生馬 『読売新聞』1918年9月15日 日曜付録・二科会号
「反抗か休息か」 小川未明 『読売新聞』1918年9月15日 日曜付録・二科会号
「一般に揃ってゐる二科」 正宗得三郎 『読売新聞』1918年9月15日 日曜付録・二科会号
「二科展覧会を見て」 有島武郎 『読売新聞』1918年9月15日 日曜付録・二科会号
「今年の二科会」 石井柏亭 『読売新聞』1918年9月15日 日曜付録・二科会号
「二科会評」 大野隆徳 『中央美術』1919年10月号
「二科会の洋画観照」 渡辺吉治 『中央美術』1919年10月号
「二科会美術展覧会概観」『美術新報』1919年10月号
「二科会管見」1〜11 久米正雄 『読売新聞』1919年9月2日〜30日
「今年の二科会」 有島生馬 『読売新聞』1919年9月7日 日曜版・二科新進作家紹介号
「二科の新人」 正宗得三郎 『読売新聞』1919年9月7日
「静物と自画像」 石井柏亭 『読売新聞』1919年9月7日
「奇怪なる撤回問題」 川路柳虹 『読売新聞』1919年9月4日
「現代の美術社主催美術展覧会」(展評) 『中央美術』1915年11月
「現代の美術社の第1回展覧会」(展評 )『美術新報』1915年2月
「学士社美術展覧会」(展評) 『美術新報』1916年12月
「草土社展覧会」(展評) 『美術新報』1918年1月
「草土社第7回展覧会所感」(展評) 『中央美術』1920年1月
「草土社展覧会」(展評) 武藤直治 『美術写真画報』1920年1月
「第9回草土社展覧会」(展評) 平沢大(しょう) 『中央美術』1922年12月
「草土社今昔談」 岸田劉生 『鐘が鳴る』1924年盛夏号
「木村荘八遺作展」 岡本謙次郎 『芸術新潮』10−4 1959年

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