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ごあいさつ

 三重県立美術館では、1990年3月、榊原一廣の作品及び関係資料の寄贈をご遺族から受けました。この受贈を機会に、当館では、これまであまり知られていなかった榊原一廣の画業と、明治から大正期にかけての京都の洋画の世界とを、水彩作品を中心に紹介することを目的にこの「榊原一廣とその周辺展」を開催することとなりました。

 榊原一廣は、1883年(明治16)に現在の三重県亀山市に生まれ、1904年(明治37)に京都に移り、聖護院洋画研究所に入所して牧野克次つづいて浅井忠に師事し、画家としての歩みを始めました。1906年(明治39)には、関西美術会第5回競技会の水彩画部門で2等賞を受け、その後も関西美術会の競技会や展覧会に出品を続けます。1920年(大正9)から22年にかけてはヨーロッパに旅行して、欧州風景を中心とする水彩画を多く制作しました。帰国後は兵庫県伊丹市に居を構えて、国内各地に写生旅行にたぴたび出かける他、1941年(昭和16)に59歳でなくなるまで、阪神の洋画界を中心に活動を続けました。

 明治後期から大正期にかけて、京都では浅井忠が伝えた水彩画風が流行し、多くの水彩画家が輩出しました。榊原一廣もそうした浅井の水彩画を受けついだ画家の一人で、透明感のある清澄な色彩による作品を数多く残しました。また、あわせて展示される9人の画家たちは、いずれも浅井忠の聖護院洋画研究所や関西美術院で榊原一席と親しい関係にあった人々であります。

 本展では、滞欧期の水彩作品を中心にした榊原一廣作品75点と、彼の周辺にいた画家たち9人の作品46点をあわせて紹介いたします。いずれの作品も、これまで紹介される機会の少なかった作品で、当時の京都で流行した水彩画の特徴をよく伝えています。

 最後に展覧会開催にあたり、多くの榊原一廣作品をご寄贈いただいたご遺族をはじめ、ご協力いただきました所蔵家の皆様および関係各位に厚くお礼申し上げます。


1990年8月

三重県立美術館

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