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ごあいさつ

中谷泰は,明治42年(1909)5月20日,三重県松阪市に生まれ,一時期,松阪商業学校に進みましたが,昭和4年(1929),20歳の時,画家を志して上京し,川端画学校に学び,昭和5年(1930)の第8回春陽会展に「街かど」が初入選しました。一時帰郷した後,再び上京して,春陽会洋画研究所に入り,木村荘八に師事して,研究を続けます。

昭和13年(1938)の第16回春陽会展に出品した「レダ」,「水浴図」が春陽会賞を受け,翌昭和14年(1939)には春陽会会友,昭和18年(1943)には会員となります。また昭和14年(1939)と昭和17年(1942)の文展出品作「秋日」と「水浴」はともに特選を受賞し,この頃から中谷泰は,画家としての頭角を現します。

戦後は,春陽会をはじめとする多くの展覧会に精力的な出品を続け,また昭和46年(1971)から52年(1977)にかけては東京芸術大学教授をつとめて,洋画界にあって終始重要な役割を果たしています。

中谷泰の作品は,多くが奇をてらわない身近な事物を主演としています。たとえば,戦後程ない頃に多く制作された一連の静物の作品は,落ち着いた色調の画面に細やかな情趣を漂わせています。また,中谷泰芸術の中でも特に重要な,炭坑や陶土,労働者らを描いた作品は,人々が生活し労働する現場を,質朴な色彩と堅固な構成によって,強い共感をこめて描き出し,重厚な雰囲気と豊かな詩情とにあふれています。

それら多くの作品は,戦後の洋画史をみる上で,欠くことができない重要な意味を持っていますが,これまで中谷泰芸術の全貌を紹介する大規模な展覧会が開催されたことはありません。本展は,昭和初期の「風景」や「都会風景」から最近作までの主要な油彩画99点と,水彩・素描 58点,版画9点によって,中谷泰の画業の全容を展望しようとする初の回顧展であります。

最後に,本展開催に当たり,格別のご協力を賜りました中谷泰氏をはじめ,貴重な作品を快くご出品いただきました各所蔵家の皆様ならびに関係各位に厚くお礼申し上げます。

1988年3月

三重県立美術館

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