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信楽

三重県上野市東高倉の佛土寺境内の墓地から出土した壺や甕が出品されている。『日本の美術169・信楽と伊賀』(河原正彦著,至文堂)では「伊賀の中世古窯の製品とする見解もある」とは注を記しつつ;伊賀ではなく,信楽としている。「伊賀壺」(No.1−6)が口は玉縁であり,ビードロ釉が流れるようにかけられている姿と比較すると,作風は全く異なるが,「伊賀壺」(No・1−6)は桃山時代に焼かれたもので,「壺」(No.1−1〜4)が出土した場所,そして蔵骨壺として用いられていることを考えれば,佛土寺の中世古墓から出土した壺類が中世の伊賀焼である可能性は否定できない。伊賀において中世古窯跡が発見されて同様の陶片が出土するようなことが起きるまでは,佛土寺出土の壺類は信楽であると推測されるのであろうか。いずれにしても,桃山時代以前の伊賀と信楽を判別することは難しく,本展のカタログでは佛土寺出土の作品は窯を明記していない。

信楽では古墳時代から須恵器が焼かれ,また穴窯での焼成も考古学的調査で明らかになっている。13世紀から14世紀にかけて盛んに焼成されていた常滑・渥美,14世紀前半栄えた美濃が低迷していく14世紀後半頃に,檜垣文や線刻といった文様を持つ,当時としては新しい株式を示す壺などを生産し,次第に窯業が伸びていったものと推測される。現存している「応安己西 中 延口」(応安2年)の墨書銘のある甕,「長禄二年」の銘のある「信楽甕」や「摺鉢」などから当時の作行きが確認される。

中世期に生産された諸窯のなかで,口部が狭い壺は花生,広い壺は水指にといったように転用されて,数寄者らの間において信楽の壺が,備前とともに,最も数多く取り上げられている。他の窯場では胎土に鉄分を多く含むことで黒っぽく焼締められているのに比べ,室町時代の信楽焼には鉄分が少ないことから,暖かい穏やかな姿に焼成されたことで信楽壺は賞玩されたのであろう。一見して中世陶と見られる信楽壺のなかには,桃山時代から江戸初期に中世の窯を摸して焼成された壺が存在していることは信楽がその野趣を愛されて茶の湯の器に見立てられて,いかに珍重されていたかを物語っている。「信楽壺」(No.2−7)は,花生に見立てられた壺で,白い土がほのぼのと赤く焼締められて,明るい穏和な美しきに満ち,「信楽壺水指」(No.2−8,藤田美術館蔵)は武野紹鴎が水指に取り上げた中世陶で,「大黒庵(花押)」「志がらき水指 紹鶴所持 本住坊」の書付がある。村田殊光(1423−1502)の消息に「志からき物」という文字が見れ,『松屋会記』によると天文11年(1542)には千利休(1522−91)の師・北向道陳が「信楽水指」を用いたことが記されているように,信楽は比較的早く茶会記や消息に登場し,天文年間(1532−1555)頃からと,室町時代後期から備前などと同じく信楽において,既に茶の湯に用いる器の焼成が始まっているといわれている。武野紹鴎(1502−55)が元来農具であった緒桶を水指に取り上げたのであろう,紹鴎信楽と呼ばれるこの期の信楽では,「信楽鬼桶水指 銘龍鱗」(No.2−10)など,紹鴎好みの鬼桶水指がよく知られている。天正年間(1573−92)には,正面に流れるビードロが見所となった一重口水指など,千利休好みの水指が焼成されている。これらを利休信楽と称している。紹鴎信楽については,それが様式となり後年になってからも焼かれてもいた。慶長年間(1596−1615)以降の宗旦信楽,遠州信楽,空中信楽,仁清信楽,新兵衛信楽などについては,伝世している作品が少なく,その特徴などはよくわかっていない。

伊賀焼が慶長年間に何度も焼締められて生じた焦げやビードロ釉,歪められた形や箆目といった,作為の強い豪壮な作風に変貌を遂げでいるが,信楽焼では作風の変化は穏やかである。伊賀焼に比べれば,大きな歪みもなく,箆日も控え目で釉調もあっさりとして優和な雰囲気である。

「信楽茶碗 銘水の子」(No.2−23,根津美術館蔵)と「信楽面取掛花生」(No.2−19,北村美術館蔵)は,桃山期に焼かれた信楽焼の特徴をはっきり示している。「信楽茶碗 銘水の子」は津田宗及,その子江月宗玩,そして大徳寺の208世大仲宗■(きい)へと伝わったといわれている。その後田中仙斎,冬木喜平次,さらに松平不昧公を経て根津青山翁の所蔵となった由緒ある茶碗である。焼締められて器に長石石粒が点在して景色をなし,信楽焼のなかでも特に優れた茶碗である。「信楽面取掛花生」(No.2−19,北村美術館蔵)は,胴が11面に面取りされて土膚は赤く焼締められている。非常にユニークな姿の花生で底には「」という窯印のような印が篭で刻まれている。

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