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ごあいさつ

「眼は口ほどにものをいい」「眼に物言わす」「眼の色を変える」「目立つ」「手の舞い足の踏むところを知らず」「手に汗を握る」「手八丁口八丁」「掌をひるがえすように」などをはじめ、眼と手にかかわる成句・ことわざは無数にあるようです。またたとえば手話におけるあの驚くべき表現力も、もし眼と手がつかえなければあれほどまでのゆたかさをもちえないかもしれません。眼と手がかたりかけるのは声にたよることのないもうひとつの言語、意味によりかかることのない言語なのです。

美術のせかいでも、古今東西、さまざまなかたちで表現されてきた人間像のなかで、それをえがいたひとたちがどの部分に力をこめているかといえば、やはり眼と手をあげなければなりません。画家たちの意図にそうべく眼と手がうまく造形できるかどうか。それによってその絵は絵として生きもし死にもするというわけです。

今回は、三重県立美術館と姉妹館提携をむすんでいる神奈川県立近代美術館の協力をえて、その数多い所蔵品のなかから、眼と手にかかわりの深い近代美術の平面作品のみを選んで展覧会をひらくことにしました。題して「眼のゆくえ、手の変幻」です。

一枚の絵画作品は部分に分割し還元するまえになによりもまず全体としての魅力をもつというのが近代絵画のおおきな特徴ですから、自画像、肖像画、群像画をふくめた人間の風景も、あらたまってその眼だけ手だけに注目したりしないのが普通ですが、それでも絵のまえにたつといやでもその眼にひきつけられるし、手がどう描かれているかによって、わたしたちの心はさまざまに反応し、自他ともどもみえないその心をそこに想像投影するのはごく自然のことです。その自然によりそいながら、ふだんよりもうすこし注意ぶかく描かれている眼や手をながめてみること。それは「なにが描かれているのか」「いかに描かれているのか」の交差をめぐっての、もうひとつの絵の楽しみかたにひろがってゆくためのまたとない出発点になるでしょう。「眼のゆくえ、手の変幻」はそういう願いをこめてひらかれる展覧会です。

2000年1月

三重県立美術館

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