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金刀比羅宮の宝物

奥書院、表書院、白書院を飾る障壁画が、金刀比羅宮にとって重要な位置を占める文化財であることはいうまでもない。これらの作品は、金刀比羅宮の意向で創作され、積極的に同宮にのこされてきた作品であるという点で、他の美術作品とは一線を画している。また、日本洋画の先駆者・高橋由一の作品群が同宮において欠くことのできない美術作品であることも先にみたとおりである。いずれも、江戸時代中期に活躍した第10代別当宥存、幕末から明治という変革期を乗り越えた第19代別当宥常、そして現在、「琴平山再生計画」を率いる琴陵容世宮司という、芸術面にも造詣の深い歴代別当・宮司の同時代芸術に対する考え方や姿勢を如実に反映しているという点でも貴重であるといえよう。

しかし、金刀比羅宮が守り伝えてきた文化財はこれらの障壁画や由一作品にとどまらない。同宮には、仏像、仏画、工芸品から、灯籠や絵馬などの奉納物にいたるまで多岐にわたる文化財、文化資料が長い年月をかけて集積されてきた。とくに、諸大名から庶民まで金刀比羅宮を信仰する数多くの人々から寄進された奉納物は、民俗資料、庶民信仰資料として重要である。なかでも、海上安全、通商繁盛を祈り奉納された「船絵馬」、海難から生還した人々が奉納した「海難絵馬」等は、和船模型、大漁旗同様に、金刀比羅宮が「海の神様」として厚い信仰を集めていたことを物語る特色ある文化資料であり、金刀比羅宮信仰の変遷はもちろんのこと、各時代の庶民信仰のあり方を示す貴重な資料として注目を集めている。

(道田美貴)

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