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「三重の子どもたち展」− 一つの展望

毛利伊知郎

昨年度の「三重の子どもたち展」記録集の中で、筆者は本展と関わる問題点のいくつかを述べた。それらは、三重県立美術館の館員だけでなく、学校等も含めた地域の人々とも共有されるべきものであった。

その後、現在に至るまで美術館内部では折に触れてこうした問題について議論を重ねてきた。学芸スタッフ個々の意識に微妙な相異があり、また考慮しなければならない現実的な要素が多いことから、現時点で「三重の子どもたち展」全体の明確な将来像を提示するのは困難だが、ここではそうした議論の中から浮かび上がってきた一つの展望について述べておきたい。

先ず、現在の展覧会全体に関しては、収集・展示・保存等々といった美術館の基本的な活動とこの展覧会をどのように関連させていくかということ、あるいは今後の美術館の教育普及活動にこの展覧会をどのように位置づけるかということが大きな課題としてある。

この展覧会が始まった当初には、本格的な美術館がなかったこの地域の子どもたちが少しでも美術館に接する機会が持てるようにという美術館創設期としては当然ではあるが、現在の状況から見ると素朴な発想があった。また、美術館は学校と何らかの関わりを持った方がよいという理念を実現する一つの手段として「三重の子どもたち展」が考え出された。

しかし、美術館自体が成熟して大きな変革期に入り、加えて社会情勢や学校教育の在り方が大きく変化した現在、「三重の子どもたち展」に新しい意味づけを行う必要があるのは当然のことだろう。学芸部門には「三重の子どもたち展」を構成している第一部のワークショップや第二部の展示に、美術館で行われている他の活動と関連を持たせる必要があるのではないかという考えが根強くある。そうした関連づけによって、この展覧会の意義や目的をより明確にするべきではないかということである。

もちろん、近年はこうしたことを意識して、会期中の来館者に対してコレクション展示の観覧を働きかけるなどの試みも行っている。しかし、そうした部分的なものではなく、展覧会そのものの在り方を美術館の他の活動との関わりの中で見直し、新しい形を模索することが重要と思われる。

ここで個別の問題に移ろう。第一部「生活の現場から」のワークショップは、美術館と地域との関係を強化するという意味では一定の役割を果たしてきたと考えられる。しかし、従来のワークショップが持つ限界についても検証する必要があるだろう。こうしたワークショップをなぜ当館のような組織と性格を持った美術館が開催するのかという基本的な問題になると、館内でも多くの議論がある。

ただ、美術館がワークショップを実施する必然性を念頭に置くならば、ワークショップに何らかの形で美術館活動の他領域との関連性を持たせること、ワークショップを通じて地域だけでなく美術館活動全体も活性化するような関係を生み出していくことが今後は意識されるべきではないだろうか。

次に、第二部「学校の現場から」について。第二部の出品作品は、県内全域の学校から集められる。この「県内全域」ということと「美術館では作品の選別を行わない」ということが展覧会開設当初からの眼目である。しかし、その結果として展示室は膨大な数の作品で埋め尽くされることになる。もちろん、少しでも作品が鑑賞しやすいように関係者が工夫をこらすのだが、自ずと限界はある。

美術館という「展示」に細心の注意を払うべき空間で、このようなことでよいのかという議論もある。また、募集する作品についての主旨は開催要項に記されているが、関係者の解釈は様々であろう。たとえ主旨について理解が得られたとしても、学校現場でそうした主旨に沿った作品を選べるのかという現実的な問題も存在する。

さらに、この展覧会を美術館の自主企画展と位置づけるならば、作品募集の在り方・展示について美術館がより主体的に関与することも考えられる。たとえば、作品募集に当たって美術館コレクションとのかかわりを考えたテーマを設定することなどが思い浮かぶが、現状のままでそうしたテーマ設定が学校現場に受け入れられるとは考え難い。

毎回「県下全域」から網羅的に作品を集めるという作品募集の在り方を変更して、限定された地域・学枚等へ積極的に働きかけるような方策を採用すれば可能性はあるだろうが、あわせてその得失も吟味しなければならないだろう。筆者個人は、従来の方式を見直してもよいと考えているが、関係者間の議論が今後必要だろう。

三重県立美術館では2002年に開館20周年を迎えるに当たり、今後の展覧会や教育普及の在り方について再検討を現在進めている。「三重の子どもたち展」には、これまでにも改変が加えられてきた。おそらく絶対的なかたちや仕組みというものはないのだろうが、美術館自体の変化や将来展望の議論とあわせて、「三重の子どもたち展」の在り方を見直す作業は避けて通ることができないと筆者は考えている。その際に、上述のような美術館の基本的な活動と有機的な関連を持たせて再構築することは、現実的な選択肢の一つになるのではないだろう

(もうり・いちろう 三重県立美術館)

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