このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

参考文献

画 集

  • 『岩中徳次郎画集』岩中徳次郎画集刊行会 1984年12月
    *岩中徳次郎「私と私の絵」
    三木多聞「岩中徳次郎さんのこと」
    瀬本慎一「限りなく透明な赤」
    林紀一郎「岩中徳次郎さん・礼讃−幾何学的精神の権化」
    萩駿「画友岩中さんを語る」
    略歴

展覧会図録

  • Catalogue of‘The Exhibition of New Geometric Art Group ofJapan’at Mi Chou Galleryin New York,August1966.
  • Catalogue of‘The Exhibition of  New Geometric Art Group of Japan’at Arlene Lind Gallery in San Francisco,May1968.
  • 「日独合同国際展」図録 京都市美術館他 1974年3月
  • 「岩中徳次郎の世界展」図録 池田20世紀美術館1987年6月
    *岩中徳次郎の文章(見返し)
    岩中徳次郎「図法の研究に寄せて」
    林紀一郎「岩中徳次郎の世界 規矩と自由に遊ぶ幾何学的精神」
    略歴

著述文献

単行書

  • 『形(フォルム〉−美しい造形の秘密を解く鍵』アトリエ社 1958年
  • 『フォルムの基本−デザインの為に』美術出版社 1960年
  • 『形と比例−自然が示す造形の尺度』(新技法シリーズ89)美術出版社 1978年
  • 『画面構成−セザンヌから北斎まで』岩崎美術社 1983年

定期刊行物ほか

  • 「志摩随想A 風景の性格は複雑」『朝日新聞』1946年8月21日
  • 「横山」(絵と文)『夕刊三重』1946年11月
  • 「大王崎」(絵と文)『夕刊三重』1946年11月
  • 「波切」(絵と文)『夕刊三重』1946年11月
  • 「賢島」(絵と文〉『夕刊三重』1946年11月
  • 「濱島」(絵と文)『夕刊三重』1946年11月
  • 「五ヶ所灣」(絵と文)『夕刊三重』1946年11月
  • 「變った結婚」『夕刊三重』1946年11月28日
  • 『夕刊三重』連載(絵と文)1946年
    「山羊小舎」「けしの花」「山歸来」「松」「蜜蜂」「雨の日」「田舎道の美」「天井板の節」「開墾」「水汲み」「穴の更新」「グミの実」「葉」「ほととぎす」「鶏の巣籠り」
  • 「猫の話」(絵と文)『夕刊三重』1946年
  • 「柿の葉の法悦」(絵と文)『夕刊三重』no.143
  • 「志摩国立公園横山の未来」連載(絵と文)『伊勢新聞』1946年8月11、12、14、16、17日
  • 「横山の四季」(絵と文)『伊勢志摩』 no.1 1947年
  • 「正月の静物」〈絵と文)『伊勢新聞』1948年1月8日
  • 「故郷の鼓動」(絵と文)『故郷』1948年5月
  • 「大阪新風景」連載(絵と文)『近畿春秋』1948年
    「バスの喫茶店」「大阪新風景」「輪タク」「ダンスホール」「松竹座附近」「信濃橋飛行場」
  • 「畫室覚書」(絵と文)『三重美術』1948年
  • (渡瀬満茂留氏宛書簡〉『三重歌人』1948年
  • 「庚申日待」(絵と文)『新しい村』1949年 pp.36−37
  • 「新春迷語」(絵と文)『夕刊三重』1950年1月6日
  • 「賢島」(絵と文)『観光伊勢』1950年6月1日
  • 「初秋の志摩めぐり 渡鹿野」『伊勢新聞』1950年9月6日
  • 「初秋の志摩めぐり 披切和具」『伊勢新聞』1950年9月8日
  • 「初秋の志摩めぐり 濱島=賢島」『伊勢新聞』1950年9月10日
  • 「志摩の“火祭”」(絵と文)『読売新聞』1951年1月6日
  • 「樹間」『伊勢新聞』1951年2月28日
    *自作解説(作品図版入り)
  • 「郷土を描く 志摩の海女」『伊勢新聞』1951年3月21日
  • 「ボンのクポ」『トワル』(発行:津美術研究所) No.1 1951年5月10日発行
    *その他、カットとして〈池畔〉掲載
  • 「児童書の指導」『伊勢新聞』1952年1月24日
  • 「児童畫研究所の夢」『日本教育新聞』1952年3月11日
  • (絵と文)『毎日新聞』1952年3月29日
  • 「餅は餅屋」『毎日新聞』1952年7月11日
  • 「初秋の洋畫放談 上下」(座談、出席者:岩中徳次郎、松浦莫章、萩森久朗、出岡賓、佐藤昌胤、岡本治男)『伊勢新聞』1952年9月21、22日
  • 「抽象繪畫の辯」「律動美術協会第一回展」目録1952年11月
  • 「久居新風物詩」連載(絵と文)『時の鐘(久居町広報〉』no7−18 1953年4月−1954年4月
    「高通公園」「門長尾」「子午の鐘」「雲出井水」「雲出川」「町営住宅」「久居瓦」「萬町の家」「久居の顔」「一本松」「大手門跡」「町の樹木」
  • 「三重県画壇の展望 上」『中部日本新聞』1954年3月3日
  • 「三重県画壇の展望 中」『中部日本新聞』1954年3月4日
  • 「三重県画壇の展望 下」『中部日本新聞』1954年3月5日
  • 「絵画よもやま話」(座談、出席者:岩中徳次郎、岡本治男、出岡實、萩森久朗、野口節夫)『伊勢新聞』1952年7月21日
  • 「久居産業巡り」連載(絵と文)『時の鐘(久居町広報)』no.19−27 1954年5月−1955年2月 「包装紙」「酒・醤油・味噌」「タオル」「紡機の部品」「製粉・製麺」「酪農」「葉煙草」「林業種苗」「製材・木工」
  • 「大久居」(絵と文)『久居広報』 no.1 1955年3月15日
  • 「続久居新風物詩」連載『久居広報』no.2−11(no.9を除く)1955牛4月−1956年2月 「道」「川」「山」「温泉(1)」「温泉(2)」「温泉(3)」「稲田」「畑」「稲葉」
  • 「図説 形と構成の新しい研究」『アトリエ』 No.342 1955年8月号
  • 「早春の譜」(絵と文)『産業経済新聞』1956年1月5日
  • 「服と疊」『伊勢新聞』1956年9月12日
  • 「当り前」『伊勢新聞』1957年2月12日
  • 「売れない画」『経済論壇』1957年4月号
  • 「通いの猫」(絵と文)『新保守主義』1958年3月1日
  • 「相談“美”をつくる基本形」『毎日新聞』1960年12月18日
  • 「新らしい組紙と紙織」『教育美術』1964年12月号 PP.24−26
  • 「岩中徳次郎作品展」(画廊クリスタル、東京)案内状1965年10月
  • 「三角あそび」『Reed』(編集:日本教育振興会) no.61 1971年2月 p.46
  • 「養殖人間」町伊勢新聞』1972年3月30日
  • 「モジュロール(LE MODULOR)の話」『衣生活』(発行:衣生活研究会)no.177 1972年12月号 pp.17−20
  • 「人間が人間を描く」『伊勢新聞』1973年1月21日
  • 「私の抽象画」『紀州政経新聞』1973年6月1日
  • 「日本のものさし」『衣生活』(発行:衣生活研究会)no.186 1973年11月号 pp.22−25
  • 「諸家の百信−南方熊楠先生小伝Vについて−」『熊野郷土科学双書 第5集』(熊野郷土科学研究会編)1974年12月 p.13
  • 「個展に寄せて」「出口守個展」(三重画廊、津市)案内状 1980年8月
  • 「岩中徳次郎著『画面構成−セザンヌから北斎まで−』〈著者のことば〉」『現代俳画』1983年11月号
  • 「あかりまど」『琥珀』 No.216 1987年8月号
  • 「個展に寄せて」「出口守展−志摩の風景−」(ギャラリーポナール、阿児町)案内状 1988年5月
  • 「岡本治男展」(三重県立美術館県民ギャラリー)パンフレット 1988年5月

関連文献

  • 「掘立小屋の團欒 岩中畫伯鍬の更生記」『大阪日々新聞』1946年11月
  • 「阿漕燒を現代的に 岩中氏苦心の芸術品成る」『中部日本新聞』1951年8月14日
  • 「阿漕燒に新生命 岩中画伯が新製品試作に成功」『毎日新聞』1951年8月14日
  • 「阿漕燒を復活 岩中畫伯が新デザイン」『伊勢新聞』1951年8月14日
  • 外山卯三郎「津美研作品展を観る」『伊勢新聞』1951年11月25日
  • 「律動美術の人々@ 岩中徳次郎氏」『伊勢新聞』1952年11月10日
  • 「律動美術の人々D 萩森久朗氏」『伊勢新聞』1952年11月14日
  • 外山卯三郎「律動美術協曾展を観る@」『伊勢新聞』1952年11月26日
  • 外山卯三郎「第八回県展を観て」『中部日本新聞』1954年5月1日
  • 「東京だより」『伊勢新聞』1960年5月14日
  • 「岩中画伯が銀座で個展」『伊勢新聞』1965年10月19日
  • 「画壇に新風 岩中氏ら東京で展覧会好評」『伊勢新聞』1966年5月3日
  • 「ニュージェオメトリック・アート展」『毎日新聞(京都)』1966年6月23日
  • 「誤読の網は解きほぐさねば new geometric art group 展」『建築』1966年6月号
  • 「創刊88周年 受贈名作集 26 岩中徳次郎」『伊勢新聞』1966年7月23日
  • The New York Times、January7,1967.
  • Betsy Polier,’Japanese Artists’,Park East,January12,1967.
  • 「米国でグループ展開く 岩中画伯ら」『伊勢新聞』1967年1月21日
  • 「幾何学を基礎に新奇の美術作品 十日から桑港で展覧曾」Nichi Bei Times(日米時事),May9,1968.
  • ‘Japanese Geometric Art Group Opens 1st West Coast Exhibit’,Hokubei Mainichi MaylO,1968.
  • E.M.Polley,‘New Geometric Art Of Japan Is International In Essence’,Sunday Times-Herald,May19,1968.
  • Thomas Albright,‘Geometric Art ofJapan’,San Franisco Chronicle,May23,1968.
  • Laura Devendorf,‘New Insight Into Modem Orientals’,Independent-Journal,May27,1968.
  • Cecile N.McCann,‘Major Group Show at Lind Gallery’,West Art, Vol. Vl, No.17,May1968.
  • ‘New Geometric Art Group ofJapan to Exhibit Work in Oakland Museum’,Nichi Bei Times(San Francisco,Calif.),July31,1968.
    *岩中への言及なし
  • ‘Art’,Oakland Tribune(Oakland,Calif.),August13,1968.
    *岩中への言及なし
  • ‘Geometric Art Shown’,Argonaut(San Francisco,Calif.),August17,1968.
    *岩中への言及なし
  • ‘Japanese With Geometric Art’,Westart(Auburn,Calif.),August18,1968.
  • ‘Geometrics For Japan Exhibited’,Times Herald (Vallejo,Calif.),August18,1968.
    *岩中への言及なし
  • ‘New Geometric Art of Japan on Exhibit’,Hokubei Mainchi(San Francisco,Calif.),August19,1968.
    *岩中への言及なし
  • ‘Kaiser Shows Japanese Art’,Catholic Voice(Oakland,Calif.),August21,1968.
    *岩中への言及なし
  • (安井記者)「システミック・ショー 立体作品へ移行」『毎日新聞』(夕刊)1968年12月20日
  • (作品図版掲載),Los Angeles Times,January19,1969.
  • William Wilson,‘Oriental Op Art on View in USC Show’,Los Angeles Times,January27,1969.
  • 「現代作家絵馬展開く」『伊勢新聞』1969年7月20日
  • 「美術の秋を前に制作に励む県人作家」『伊勢新聞』1970年8月20日
  • 「具象小品展開く」『沼津朝日』1971年10月13日
  • ‘Peintres et sculptures allemands a la Galerie Vallombreuse’BIAR, ovembre1971.
  • 「郷土で初の個展開く」『伊勢新聞』1972年3月23日
  • 「岩中徳次郎個展」『夕刊新伊勢』1972年3月24日
  • 大屋正紀「岩中さんの個展」『伊勢新聞』1972牛3月25日
  • 「15年ぶり里帰り展」『伊勢新聞』1972年3月26日
  • 岡本治男「七十五歳の青年」『伊勢新聞』1972年4月8日
  • 「岩中氏ら13人が出品 ニュー・ジェオメトリック・アート・グループ展」『伊勢新聞』1972年4月29日
  • 「岩中画伯個展」『紀伊民報』1973年5月17日
  • 「郷土で初個展開く」『紀州政経新聞』1973年5月18日
  • 「なかなかの人気 岩中氏の個展はじまる」『紀州政経新聞』1973年5月19日
  • 「日・西独共同でシステマティックアート・ショー」『毎日新聞』(夕刊)1974年3月12日
  • 「幾何学的造形を追求 日独合同国際展」『毎日新聞』 1974年3月13日
  • (藤)「日独合同国際展」『京都新聞』1974年3月16日
  • 「日独の一流作家が幾何学的造形美競う」『毎日新聞』(夕刊)1974年5月31日
  • 「自然の摂理を絵に 岩中徳次郎展」『伊勢新聞』1975年11月17日
  • 瀬木慎一「個展に寄せて」「宕中徳次郎展」(ギャラリーエステル、東京)案内状 1975年11月
  • (田中)「展覧会月評 岩中徳次郎展」『中美』1976年1月号
  • 「展覧会案内 岩中徳次郎展」『読売新聞』(夕刊)1977年2月18日
  • 瀬木慎−「オマージュ」岩中徳次郎展(地球堂ギャラリー東京)案内状 1977年2月
  • 「息をのむ華麗な色彩 岩中氏が抽象画展」『伊勢新聞』 1977年3月9日
  • 佐久間善三「先週の美術展ファイル 岩中徳次郎個展」『新美術新聞』 No.117 1977年3月11日
  • 「岩中翁個展 25日から紀州東店で」『紀伊民報』1977年6月23日
  • 「水鉄砲」『紀伊民報』1977年6月25日
  • 「田二小へ絵贈る 個展中の岩中さん」『紀伊民報』1977年6月26日
  • 瀬木慎一「談話室」『紀州政経新聞』1977年6月26日
    *個展(1977年、地球堂ギャラリー)案内状より転載
  • (S)「記者手帖」『紀州政経新聞』1977年6月26日
  • 「色彩と線の芸術 岩中徳次郎展開く」『牟婁新聞』1977年6月26日
  • 瀬木慎一「オマージュ」「岩中徳次郎展」(紀州信用金庫田辺東支店)案内状 1977年6月
    *個展(1977年、地球堂ギャラリー)案内状より転載
  • 「銀座で抽象画展 阿児町の岩中氏」『伊勢新聞』1978年3月13日
  • 「岩中徳次郎抽象展」『新美術新聞』1978年4月1日
  • 瀬本慎一「ポストコレクション《作品78−33》岩中徳次郎」『週刊ポスト』1978年5月5日号
  • 佐久間善三「岩中徳次郎個展」『新美術新聞』 No.200 1979年7月1日
  • 「岩中氏も個展を開く」『伊勢新聞』1979年7月12日
  • 加藤貞雄「秋の公募展第二陣」『毎日新聞』1980牛10月7日
  • 増子耕一「東京都美術館 80秋の公募展」『世界日報』1980年10月11日
  • 「県人消息 岩中徳次郎氏」『伊勢新聞』1980年10月12日
  • 「ユーモアたっぷり 身近な物で“芸術品”」『沼津朝日』1980年10月21日
  • 「『画面構成−セザンヌから北斎まで−』岩中徳次郎著」(書評)『神奈川新聞』1983年9月2日
  • 「セザンヌから北斎まで『画面構成』を出版 上富田町出身の岩中氏著」『紀伊民報』1983年9月8日
  • 「『画面構成−セザンヌから北斎まで−』岩中徳次郎著 分析図使って解明」(書評)『静岡新聞』1983年9月25日
  • 「厳正な幾何学性原理 岩中氏が個展 華腰な光彩を加える」『沼津朝日』1983年10月13日
  • (増)「力学的なバランス 岩中徳次郎個展」『世界日報』1983年11月22日
  • 「美しい幾何学絵画披露 阿児町出身の岩中氏」『伊勢新聞』1983年12月27日
  • 「あじさい会館で招待作家美術展」『相模原自治』1984年5月20日
  • 「抽象画家の美術展−相模原」『朝日新聞』1984年5月27日
  • 「招待作家の美術展−相模原」『神奈川読売』1984年5月29日
  • 「招待作家美術展開幕」『毎日新聞』1984年5月29日
  • 「2人の抽象画展示 相模原で招待作家美術展」『きょうのニュース』(発行:神奈川輿企画調整局)1984年5月31日
  • (米)「底抜けに快晴 岩中徳次郎展」『朝日新聞』(夕刊)1985年1月19日
  • 「抽象由の神髄発揮 米寿記念し自選展」『伊勢新開』1985年1月25日
  • 「90歳の若々しさ表現 岩中徳次郎の世界展」『伊豆新聞』1987年6月5日
  • 「岩中徳次郎の世界 自然に印した幾何学的抽象」『新美術新聞』1987年6月21日
  • 林紀一郎「岩中徳次郎の世界展@」『伊豆新聞』1987年6月22日
  • 林紀一郎「岩中徳次郎の世界展A WORK76−15」『伊豆新聞』1987年6月29日
  • 「展覧会子告 岩中徳次郎の世界展」『三彩』1987年6月号
  • 「廃物生かして動物のオブジェ 伊東の池田20世紀美術館」『静岡新聞』1987年7月4日
  • 林紀一郎「岩中徳次郎の世界展B アンリ・マチス作「L.D夫人の肖像」の画面構成と分割」『伊豆新聞』1987年7月5日
  • 「夏休み宿題のヒントに「生物ルテス」を見学」『伊豆新聞』1987年7月2日
  • 林紀一郎「岩中徳次郎の世界展C 無秩序の中の秩序2」『伊豆新聞』1987年7月20日
  • 林紀一郎「岩中徳次郎の世界展C 生物ルテス」『伊豆新聞』1987年7月27日
  • (W)「あとがき」『琥珀』 No.215 1987年7月号
  • 林紀一郎「岩中徳次郎の世界展E 廻帰」『伊豆新聞』1987年8月10日
  • 「〈歪んだ空間〉」『日本工業新聞』1987年8月22日
  • 「第二の故郷へ絵寄贈 阿児町ゆかりの岩中徳次郎さん」『朝日新聞』1987年12月1日
  • 「岩中さん阿児町に寄贈 終戦時のお礼にアクリル画」『伊勢新聞』1987年12月2日
  • 「ゆかりの阿児町に絵を寄贈 神奈川の岩中画伯」『中日新聞』1987年12月3日
  • 三木多聞「美術この一年」『東京新聞』(夕刊)1987年12月15日
  • 「抽象画77点展示 阿児町で岩中画伯展」『中日新聞』1988年1月6日
  • 「幾何学抽象画の重鎮、逝く」『相模経済新聞』1989年7月10日
  • 出口守「横山と画伯」『阿児文芸』1989年10月 pp.192−200
  • 出口一点「モニュメント」『未来図』 no.69 1989年10月 p.15
  • 出口一点「横山と画伯」『三重俳句』 no.474 1989年11月 p.30

この参考文献は、岩中喜代氏、岩中雅也氏、出口守氏から提供された資料をもとに編集した。     (土田真紀)

ページのトップへ戻る