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学芸室だより リニューアル版

お題:学芸員の仕事紹介A 出品交渉

2006年4月(第2回) 担当:毛利伊知郎


「無理です!」
「私どもはどこへもお貸ししないことになっています」
「ご主旨はわかりますが、お宅の美術館とはおつきあいがございませんから」
「三重のような遠くまで大事な作品を動かせないとご所蔵の方が言われます」
「どこで調べたんですか。困りますね」
「その作品は手前どもにはもうございません。どこにあるかも分かりかねます」
「しかるべき方のご紹介状を持って改めてお越し下さい」
「もう他に貸し出すことが決まっています」
「作品の状態が悪いので、残念ですがお引き取りください」
「貸して作品が良くなることはないでしょう。ダメです!」

 何度断られたでしょう、また何度悔しい思いをしたでしょう。その度にアルコールの力を借りて憂さを晴らしてきました。美術館学芸員になって、いつも悩まされるのが展覧会での作品借用に伴う所蔵者との出品交渉です。交渉といっても、ひたすらお願いする場合がほとんどですが、これはなかなか大変です。
 他の美術館や個人コレクターなどが所蔵する作品を集めた展覧会を開催しようとする時、出品交渉はかかせません。美術館や博物館から借用する場合も借りる側としての作法が必要ですが、相手がお寺や神社、個人コレクターや企業ですと、状況はより複雑です。
 先ず、交渉以前に作品の所在を突き止める作業があります。わが国では、戦後は相続税等の問題があって個人所蔵者の情報は極秘事項です。また、様々な事情から美術品を所蔵していることを外部に知られたくない企業もありますので、この作業は手間がかかります。とはいえ、この壁を越えないと展覧会は開けません。
 個人所蔵者の情報は、過去にその作品を出品したことがある美術館・博物館の親しい知人や専門家、美術商などを通じて入手するのですが、所蔵者が変わることも少なくありません。戦前の所蔵者一覧から、電話帳等を手がかりに追跡したこともあります。しかし、出品交渉の本番は、作品の所在がわかってからです。
 先方がどのような相手か、また今どのような状況にあるのか、事前になるべく多く情報を集めます。仲介者をお願いする方がよいのか、あるいは直接お願いする方がよいのか、先ず電話するか、それとも手紙を出すか、飛び込みで直撃するか、館長に行ってもらう方がよいかなど色々作戦を考えます。お寺や神社の場合は、住職さんや宮司さんだけではなく、檀家や氏子総代さんのところへお願いに出向くこともあります。借りたい作品の必要性や作品の取り扱いに全責任を持つ旨などをきちんと説明することはもちろんですが、個人所蔵家から「なぜ、その作品がここにあるのが分かったのか」と問われたときの答えを考えておく必要もあります。
 先方と接触できれば、第一段階は通過です。二つ返事で承諾してくだされば本当に幸運です。しかし、作品を大事にしたい、そして自分が持っていることは秘密にしたいと考え、しかも美術に対して一家言も二家言も持つ所蔵家は少なくありません。個人所蔵家との応対は、学芸員としてだけではなく、人間としての総合力が試される場といった方がよいかもしれません。先方は、この学芸員は信頼できるか、作品を任せても大丈夫か、まじめに勉強しているかなど様々な角度から探ってきます。この所蔵者の信頼を得ることができれば借用できるという感触が掴めれば、何とか信頼を得ようと、こちらも必死に応対します。難しい所蔵家と色々話をして、「お貸ししましょう」という返事をもらった時の気分は言葉になりません。
 しかし、どうにもならない場合もあります。問答無用で電話を切られたり、何度手紙を出しても梨の礫ということも珍しくありません。また、高額の出品料など対応不可能な条件を提示されればあきらめざるを得ません。また、こちらが希望する作品と抱き合わせで、別の作品(展覧会には不要であったり真贋に疑問のある作品)を出品することが条件とされる場合もあります。こうした時は本当に困ります。
 借用許可を得てからも様々なことがあり、所蔵家とは展覧会が終わって作品を返却するまで何度も接触することになります。その間、先方の信頼を損ねないようにと常に注意を払う必要があります。中には展覧会が契機となって、その後も長くお付き合いをさせていただいている所蔵家もあります。
 このように展覧会に伴う出品交渉は非常に難しく、苦労の多い仕事ではあります。しかし、それだけに学芸員としての能力だけではなく、人格や人間性も試される非常にやりがいのある仕事でもあります。

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