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応挙・若冲の絵画空間を再現

「金刀比羅宮 書院の美」展最大のみどころは、そのタイトルが示すように、円山応挙、伊藤若冲、岸岱が手がけた表書院、奥書院障壁画を再現する点にあります。つまり、金刀比羅宮で書院を装飾している襖絵を美術館の展示室に移動、移動困難な箇所については高精細な複製も加え、応挙や若冲の絵画空間の再現に挑みます。もちろん物理的制約も少なくはなく、書院障壁画を完璧に再現することは叶いませんが、美術館にいながらにして、江戸時代屈指の画家たちの空間の演出を味わうことが可能となるのです。

 

まずは、金毘羅大権現に奉仕する別当の客殿・表書院。その障壁画は、第10代別当・宥存の意向で円山応挙が揮毫しました。各室の画題は、花鳥、走獣、人物、山水と多岐にわたり、格式や用途の異なる絵画空間を見事に装飾する一方で、4室が有機的に結びつく壮大な構成となっています。一方、金光院院主の私的空間である奥書院は、伊藤若冲が手がけています。当時、奥書院を生活の場としていた宥存は、少年時代に京で若冲に師事したと伝えられ、奥書院障壁画についても、芸術に明るい宥存の果たした役割が大きいと思われます。唯一現存している上段の間障壁画は、書院中最も狭い空間に201もの草花を克明に描き出したもので、若冲画の特色が遺憾なく発揮された濃密な絵画空間となっています。

 

若冲の揮毫から80年を経て、傷みが激しくなった奥書院障壁画は、上段の間をのぞいてすべて撤去、若冲の画題を継承しつつ岸岱が新たな障壁画を制作しました。撤去された襖絵の行方は詳らかではありませんが、「垂柳図」の一部と考えられる「燕」の断片が愛媛県川之江市の定蓮寺に伝えられており、今回、幸運にも特別公開されることとなりました。若冲の魅力が凝縮された躍動感あふれる小さな「燕」たちも、今回の大きなみどころのひとつ。大きな絵画空間と小さな断片、いずれもが金刀比羅宮の書院の美をわたしたちに伝えてくれることでしょう。(Mm)

伊藤若冲《花丸図》(部分)1764年

伊藤若冲《花丸図》(部分)1764年

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