三重県立美術館を訪れた方から私たちへの問いかけの中で、最も多く、最も難しいものが「この美術館の目玉は何ですか?」という質問です。もちろん、私たちスタッフ側としては、所蔵品すべてが等しく愛しい子供たちなのですが、来館者の方々の反応を探っていくと、人気の作品の傾向が見えてきます。そのような中で開館以来常に上位を占め続けているのが、シャガールの《枝》です。
この作品はシャガールという、魅力的な画家の美しい絵画であるだけでなく、当館にとって、まるで分身のような存在です。《枝》が美術館に収蔵されたのは1981年、美術館開館の前年、そして(財)岡田文化財団からの寄贈第1号でもありました。
この三重の地に、日本だけでなく、世界に負けない文化を育もうという熱い意気込みがこの絵に込められていたのです。そして記念すべき第一歩を踏み出した美術館は、20数年にわたり、少しずつ、少しずつ、その内容を充実させてきました。 「三重県立美術館のコレクション展」では、その歩みの一端をご紹介致します。
幸運にも2枚のタブローを収蔵することができたモネの場合、両者を比較することによって、画家の軌跡の一端をかいま見ることができます。《橋から見たアルジャントゥイユの泊地》では、即興的に走らせた筆が見せる勢いと、ためらいのなさが、情景の美しさのみならず、画家のくつろいだ心情さえも伝えてきます。一方、人生の辛酸をなめ始めたモネが選んだのは、沈みゆく夕日に静かにたたずむ山並みでした。かつての軽やかな筆遣いに代わり、色彩のうねりが画面を支配しています。
シャガールの《枝》とルオーの《キリスト磔刑》の場合、ステンドグラスというキーワードが2枚を鑑賞する手がかりになります。《枝》の完成間近の1952年、シャガールはシャルトル大聖堂を訪れ、そのステンドグラスの壮麗さに心を奪われます。以降、集中的に研究を重ね、1957年にアシィに建つ聖堂のステンドグラスの制作へと至ります。
このような経緯から、《枝》の印象的な青は、シャルトル大聖堂などに代表されるステンドグラスの影響があるとも指摘されています。一方、ルオーに関して、彼は少年期にステンドグラスの修業を積んでおり、《キリスト磔刑》でも、大胆な色面とそれを囲む力強い黒い輪郭線がその名残を伝えています。さらに、それらの一見プリミティブな表現が、キリストの苦悩と、さらにはそこに託した画家の内なる叫びさえも伝えてくれるかのようです。
ドガの《裸婦半身像》とデュフィの《裸婦立像》は、ともに女性の裸体を主題としています。しかし、一方のモデルはうつむきがちで、全体の身振りも曖昧なまま放り出されているのに対し、他方はこれ以上ない程にモデル然としたポーズに誇らしげです。ここには、モデルのどのような瞬間に興味を持つかという、画家の嗜好が現れています。
運と縁と、不断の努力に導かれて、一つの美術品がコレクションとなり、美術館の歴史に新たな一行を書き加えてくれます。それぞれが固有の色を競いつつ、展示室に集ることで、まるでプリズムが放つような輝きを見せてくれます。4つの部屋の4つのきらめきをどうぞお楽しみ下さい。
(Iy)
年報 三重県立美術館コレクション展(2006.3)
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