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ひる・とおく

 美術館における普及活動の難しさを痛感している。欧米の美術館・博物館では解説活動を専門に行うスタッフがいる。展示された作品について詳細に至るまで記述された解説パンフレットが展示空間に置かれているが、こうしたパンフレットを作成するスタッフも充実している。展示された作品を前に解説をするスタッフもいる。これは学芸員の仕事とは独立し、その道のプロが存在している。美術館の職員ではなく外郭団体として活動を行っている場合もある。

 

 美術館では鑑賞という行為が中心であることは当然のことである。鑑賞を軸として、子供から老人まで、知りたいことを知る仕組みができあがっている欧米の芙術館と比較すると、日本の美術館は学習する欲求に対応できるようにはなっていない。

 

 学校の先生は入口まで子供を連れて行けば、あとは専門家が子供たちの知的欲求を刺激し、楽しみながら積極的に作品に接し、鑑賞という行為を子供たちに成立させている。とはいっても、日本のように学校・学年といった大きな単位で動くのではなく、最大限学級単位で行動するという。

 

 来館者が知りたいことを理解できる仕組みを創りだすことは、今のこの日本では不可能に近い問題である。他府県の美術館がやっていることは可能であっても、何処の美術館にもない事業をやろうとしてもできない。現在の予算と人員では根本的に無理があり、増加する可能性も難しい。いかに優れた事業を提案しても行財政の硬直の前に、全て無に消え去ってしまう歴史だけが残っている、そんな重い気分がする。

 

 近年、欧米の美術館では、こうした解説の専門家を養成し充実させることで人々の美術館への親しみは増し、来館者数は飛躍的に増加している状況にあるというのに、独自性を発揮できない大きな壁の前で、やれることを少しずつやっていくしか方法はないのであろうか。

 

(森本孝・普及課長)

 

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