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ひる・とおく

 10月中旬、パリの街角を描さ続けた洋画家、荻須高徳が亡くなった。84歳であった。60年近くもの長い年月をフランスで暮らし、パリの古い街並を土の臭いを感じきせる筆使いで描く画家として、フランスでは、最もよく知られた日本人画家であった。

 

 昨年の冬、カルナヴァル美術館で開催された「パリを描いた日本人画家展」の仕事のために、私はパリを訪れる機会をもったが、その際に、モンマルトルのシャンピオネ通りにある荻須さんの自宅に、匠秀夫さん夫妻と一緒に招かれたことがある。近くには、かつて佐伯祐三や藤田嗣治らが住んでいたというアパートがあった。昔のパリでの交友関係を酒の肴に、ウイスキーをご馳走になったあと、暗くなった街路の中を荻須夫妻に連れられて、すぐ近くのレストランヘ夕食に出かけることになった。ボジョレーで乾杯した後、長さ40センチもある大きなジゴ(羊の股肉)のステーキや、香料の臭いが心地よく鼻をつくエスカルゴなど、学生時代に体験した貧しいヨーロッパ旅行のときには、とても口に入れることのできなかった美味な料理を囲んで、歓談は夜更けまで続く。背筋をピンと伸ばし、笑顔を絶やさず、元気な口調と機敏な動作で、次々に料理を注文する荻須さんの姿は、今も私の脳裏に鮮やかに焼き付いている。

 

 パリを離れる数日前のことであったが、カルナヴァル美術館での仕事を終えて引き揚げようとしたときに、荻須さんの運転する自動車で、宿泊していたモンタボー・ホテルまで送って頂いたことがある。

高齢をものともせずに、パリの狭い路地裏を猛スピードで飛ばす雄姿は、まるで20歳かそこらの青年のように見えた。ホテルの玄関で、お別れの挨拶をしたとき、生真面目な表情をした荻須さんは、「私はもう歳だから、あなたに会うのは、これが最後だろう。」と私の手を強く握り締めながら呟いた。その瞬間、そばにいた美代子夫人が、わずかながら顔色を変えて、老画家の言葉を遮るように素早くいった。「あなた、何ということをおっしゃるの!」

 

 

(中谷伸生 三重県立美術館学芸課長)

 

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