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柳原義達の魅力

柳原義達の、たとえば人物像を見れば、ほとんどの場合目鼻立ちは簡略化され、表面もざらざらしています。写実的なわけでなく、といって理想化がめざされているとも思えない。訴えかけるような感情表現も、あざやかな運動も見出せぬ。にもかかわらずこれらの人物像は、その場で打ち震えるかのごとき息づきを感じさせはしないでしょうか。

単純化された頭部から肩、胸、腰、脚へと、それぞれポイントとなる部分の量感をしっかりおさえつつ、各ポイントからポイントへ移る部分は、なだらかだったりごつごつしていたりする流動性を帯びています。このため、像全体で一つの生命が吹きこまれたのです。

ただし表面のこうした流動感は、不定形な物質へと崩れることはありません。像の表面は、一方で脊椎など垂直の芯と、他方で水平な地面と緊張関係におかれているのです。表面の流動性と垂直・水平軸の安定性との緊張によって、柳原の人物像は、しっかりとその場に現前しつつ、生気に満ちた息吹を伝えずにいないのでしょう。

人物像のこのような特性は、鳩や鴉をモティーフにした作品にもおおむねあてはまります。人物に比べれば体勢の自由さは増していますが、その分、垂直・水平軸との緊張感も強くなっているようです。肖似性にも表出性にも依存しない生動感、これこそが柳原の彫刻の魅力といえるでしょうか。

さらに、素描にもまた、彫刻に劣らぬ魅力を認めることができるはずです。細かい線を重ねていくことによって紙面を埋め、線と紙の白さとの交渉によって厚みを獲得した紙の内奥から、人や鳥たちの形が掬いだされる。紙に生じた厚みに応じて、形も量感を得ることになるでしょう。画家の素描とは微妙に異なる、彫刻家の素描の一例を認めることができるのかもしれません。

石崎勝基(三重県立美術館学芸員)

追記:柳原義達氏(94歳)は、去る2004年11月11日逝去されました。ご冥福をお祈り申しあげます。

友の会だよりno.67(2004.11.30)

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