海女と真珠
御木本幸吉は、世界中の誰もが愛する真珠を自分の手でつくり出そうと決し、明治26年(1893) に相島(現在のミキモト真珠島)等で真珠養殖の実験を始めました。明治29年(1896)、世界で初めて半円真珠の養殖に成功し、明治38年(1905)真円真珠の養殖に成功しました。 真珠養殖には、海女の活躍が不可欠でした。海に潜って、真珠を育てるアコヤ貝の採集、核入れ手術を終えたアコヤ貝の放流、赤潮や台風前にアコヤ貝を安全な場所へと移動させるなど、真珠養殖の成功は海女の活躍なしではできないことでした。


ミキモト真珠島は、三重県鳥羽市の鳥羽湾内に浮かぶ小島です。養殖真珠発祥の地であり、明治時代の当時は相島と呼ばれていました。昭和26年(1951)に一般開放され、島内では真珠工芸品が展示されている博物館があるほか、海女の実演が催されています。
現在は真珠養殖技術が発達し、養殖に海女の必要性はなくなりましたが、養殖を支えた海女の活躍を記念するために、ミキモト真珠島では海女の実演を行っています。昔ながらの白い磯着の海女がみられるのはここ、ミキモト真珠島だけになりました。


ミキモト真珠島にある真珠博物館は、歴史、科学、産業、美術など多角的な視点で真珠の魅力を発信し、真珠工芸品を展示しています。アンティーク・ジュエリー等のコレクションが常時100点ほど展示されています。また、真珠王の人物像に迫る御木本幸吉記念館などもあります。

