海女とは
大阪・関西万博の関西パビリオンの三重県ブースでは、令和7年(2025)9月26日から10月13日まで、「海女漁と三重の食」をテーマに特別展示が行われていました。ここでは、志摩半島(三重県鳥羽市・志摩市)の海女文化について紹介していきます。海女とは、素潜りでアワビやサザエ、海藻などの海産物をとる漁をする女性のことです。写真:(C)”Visit ISESHIMA” Bureau


海女や海士がおこなう素潜り漁は日本列島の沿岸各地で行われていますが、志摩半島には、日本の海女の約半数がいます。志摩半島(三重県鳥羽市・志摩市)には、約514人(2022年海の博物館調査)の海女が今も健在です。
写真:(C)”Visit ISESHIMA” Bureau


平成29年(2017)3月には、「鳥羽・志摩の海女漁の技術」が国の重要無形民俗文化財に指定されました。しかし、海女を取り巻く環境は、漁獲資源の減少や海女数の減少と高齢化、後継者不足といった厳しい課題に直面しています。
海の博物館所蔵


三重県の志摩半島に海女が多い理由として、伊勢湾から栄養分を豊富に含んだ海水が流れ出て、西から来る黒潮と混じり合うことで、海藻が繁茂し、アワビやサザエやウニが育つ豊かな海の環境があげられます。
志摩半島の海女文化は、令和元年(1989)5月、「海女(Ama)に出逢えるまち 鳥羽・志摩~素潜り漁に生きる女性たち~」として文化庁の日本遺産に認定されています。海女にゆかりのある場所や、鳥羽・志摩の海にかかわる歴史や文化を著す場所などが日本遺産として認定されました。
写真:(C)”Visit ISESHIMA” Bureau


海女漁は、素潜りという独特の潜水技術による漁法で、海の獲物を獲り続け、長い間、持続してきた素晴らしい漁法です。その持続性・継続性を維持するために、地域ごとに厳しく漁期・時間を定め、漁獲できる貝の大きさを定めるなど、多くの約束事を決めています。
MieMu所蔵


海女のことや、鳥羽、志摩地域の海のことを学べる場所として、鳥羽市立海の博物館があります。「海民(カイミン)」と呼ばれる漁師・海女・船乗り・そして海辺に住む人が、海とともに生きてきた歴史と現在を伝え、これからの未来を想像できる博物館です。
令和5年(2023)3月現在、鳥羽市立海の博物館において、実物資料の所蔵点数は63,074点(件)あり、民俗資料が大半を占めており、うち6,879点の国指定重要有形民俗文化財を含んでいます。資料収集範囲は原則として、三重県の海に面した市町村、中でも漁村に重点をおいています。




志摩半島の海女漁には、①女性の素潜り漁が継続されてきた歴史と漁場を識別する能力、②伝統的な漁具を継承、③男女の役割分担を生み出す地域性、④地域社会が海女の職業として認識、⑤古代から続く伊勢神宮との関係等の特色があります。
写真:(C)”Visit ISESHIMA” Bureau
