柘植周辺
伊賀市柘植の福地城跡には、「松尾芭蕉誕生之地」の碑があります。この地には、松尾芭蕉の父の一族が住み、父の代の時に伊賀上野の町に移ったと伝わっています。

芭蕉公園 福地城跡
福地城跡には、芭蕉公園があります。持主の松尾宇八郎氏から土地の寄付を受け、明治26年(1893)、松尾芭蕉200年忌を記念して、公園を整備しました。園内には「古郷や臍の緒に泣くとしの暮」の句碑があります。

新大仏寺
松尾芭蕉は、伊賀に帰省していた元禄元年(1688)に 新大仏寺を訪れました。戦国時代の戦乱や江戸初期の山津波によって堂塔が倒壊し、大仏の仏頭のみが石の座に安置された荒れた姿を見て、「丈六にかげろふ高し石の上 」の句を詠みました。
伊賀市にある新大仏寺には 松尾芭蕉が訪れた際に詠んだ句の碑があります。近年この碑建立の由来書が見つかりました。文化7年(1810)に建立され、建立者長月庵和翁の直筆で、寺が昔のように復旧し、芭蕉の句をみなに知らせるために句碑を建立したと書かれています。


猿蓑塚
松尾芭蕉が元禄2年(1689)に「奥の細道」の旅を終えたあと、伊勢神宮に参拝し、故郷の伊賀上野への道中、長野峠の道で時雨に濡れる猿をみつけ、句を詠みました。「初しぐれ猿も小みのをほしげ也」この句碑が「猿蓑塚」として残されています。

市内の句碑
松尾芭蕉の句碑が伊賀市 内には多く存在しています。伊賀市内でも70近くの句碑が確認されて、古くからあるものや近年建てられたものなどがあります。伊賀地域では松尾芭蕉とその偉業が今も顕彰されており、その思いは受け継がれています。
