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第86話 海水中で生育する種子植物・アマモ


アマモのさく葉標本(県立博物館所蔵)

アマモのさく葉標本(県立博物館所蔵)

藻場(松阪市で)

藻場(松阪市で)

海水中で生育する種子植物・アマモ 環境保全の役割に注目

 4月末の大潮の日、松阪市の松名瀬海岸へ調査に出かけた。潮が引き、広大な干潟が現れたその先の波打ち際に、葉を波間に漂わせるアマモの群落を見ることができた。アマモは人魚伝説のモデルとされ、鳥羽水族館で飼育の世界新記録を更新しているジュゴンのエサとしても知られている。
アマモは海中に生育するため、ワカメやコンブと同じ海藻の仲間と混同されやすいが、花を咲かせ、種子で繁殖する種子植物の仲間だ。海水中に生育する種子植物は珍しく、「海藻」に対して「海草」と表記される。
 アマモ科に分類される多年草で、深さ1〜10メートルの海底の砂や泥に根を下ろして生育する。根茎は砂泥の中を横に伸び、節ごとに葉をつける短い枝と根を出す。葉はへん平で、リボンのような線形となり、長さは50〜100センチ。花は4〜5月に咲くが、葉が変化した鞘(さや)の中で咲くため、目立たない。
漢字で表記すると「甘藻」。これは根茎に甘味があることに由来する。また別名をリュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ(竜宮の乙姫の元結の切り外し)ともいい、日本一長い和名を持つ植物だ。
アマモは根茎をのばすことで増殖し、大きな群落をつくる。群落は「藻場」と呼ばれ、かつては伊勢湾内に広く見られた。だが、海が埋め立てられ、海水の汚れによって海底に日光が届かなくなるなどの環境悪化により、藻場の多くは失われた。近年、藻場は魚類の産卵場所やさまざまな生物が生息する場としての重要性が認められるようになり、各地で再生に向けた取り組みが試みられている。
 伊勢市二見町の二見興玉神社では、毎年5月21日に「藻刈(もかり)神事」が行われる。これは夫婦岩の沖合にあって、江戸時代の地震で水没したとされる興玉神石(しんせき)の周辺に成育する無垢塩草(むくしおくさ)を採取する神事で、採取されるのがアマモだ。
神職と巫女(みこ)が榊(さかき)、幟(のぼり)を立て、注連(しめ)縄を張り巡らせた和船に乗り、興玉神石の付近を何度か回った後、お神酒などを海に捧(ささ)げてから手鎌で海底のアマモを刈り取る。この後、アマモは天日で干され、不浄をはらうお守りとして用いられる。無垢塩草は身につけるとけがれを払い、門口や田畑に置くと不浄を清め、害虫を防ぐと言い伝えられる。
近年、私たちの暮らしの中では、アマモはほとんど馴染(なじ)みのない植物となってしまった。しかし、海の環境や神事など、三重の暮らしや文化の一端を今も担っている。アマモをめぐる物語のように、モノとコトをつなげて、より深く、三重を知り考えてもらうきっかけが個々の資料には隠されている。 

(三重県立博物館 松本功)

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