トップページ  > 紙上博物館 > ミツガシワ

第74話 ミツガシワ


生育地のミツガシワ

生育地のミツガシワ

ミツガシワ 興味深い氷河期の「遺存植物」

 ミツガシワは主に北日本の湿地や浅い沼の水辺に見られる多年草だ。水中に太い根茎をのばし、先端から長い葉柄(ようへい)を出して根出葉(こんしゅつよう)を水上に広げる。葉は小葉3枚からなり、小葉が柏餅に用いられるカシワ(ブナ科)の葉に似ていることからこう呼ばれるようになったらしい。
 花は、4〜8月に高さ約30センチの花茎上にまとまって咲く。花冠は直径1センチほどの漏斗形で白色。先端は5裂、内面にヒゲのような白い毛が密生する。
 世界におけるミツガシワの分布は、 カナダやロシアなど北緯35度から75度の範囲だ。北半球の高緯度地域に帯状に分布域が巡るため、典型的な極地周辺植物と言われる。このような分布状況から、日本国内では本州中部以北を中心に分布するが、西日本でも生育地が点在する。この特徴的な分布は、かつて氷河期に南方へ分布域を広げたものの、その後の温暖化の中で、冷涼な環境に隔離されて生育地が残った「遺存植物」として理解されている。
 県内の分布は伊賀市の一部だけで、この生育地は市の天然記念物に指定されている。ところが、09年度に県立博物館が鈴鹿市で行った「御幣(おんべ)川ゾウ足跡化石調査」で採取した足跡化石産出地層を専門家に詳しく調べてもらったところ、中からミツガシワ属の花粉化石が高い率で発見された。
 ミツガシワ属は、約180万年前以降に冷温帯から亜寒帯の樹種とともに化石として日本各地で見つかるため、「第四紀型寒冷植物」として地質学的に知られている。
 足跡化石調査では河川堆積(たいせき)物の中からミツガシワ属の花粉化石が見つかったため、水流で運ばれて堆積した可能性があり、必ずしも現地に生育していたとは限らないが、周辺にミツガシワ属が生育していたことを推測させる。このことは、伊賀市にだけ分布しているミツガシワが、かつては県内の他地域にも分布していたことを具体的に示す資料として興味深い。
 植物の花粉は化学的に非常に安定した物質を含むため、堆積物中に微小な化石として残りやすい。そして花粉の形は種類によって特徴があるため、花粉化石から植物種を特定し、その地域の植物相から当時の気候などの古環境を推定する。足跡化石調査でミツガシワ花粉が高率で見つかったことで、当時は寒冷な環境だったと推測できる。
 現生植物と花粉化石の調査結果から興味深い研究テーマが生まれるように、博物館では専門性の高い調査活動記録の整理・保存を行うだけでなく、多様な分野を総合的に扱うことも必要だ。博物館は、多様な知の蓄積を基に地域の再評価を進め、その成果を展示などに生かして地域力を発信する役割を担っている。        

(三重県立博物館 松本功)

トップページへ戻る このページの先頭へ戻る