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第52話 ナンバンギセル


ナンバンギセル(紀宝町で)

ナンバンギセル(紀宝町で)

ナンバンギセルの、さく葉標本

ナンバンギセルの、さく葉標本

ナンバンギセル 葉を持たない不思議な植物

 伊勢国鈴鹿郡石薬師村(現鈴鹿市石薬師町)に生まれ、万葉集や歌学を研究した佐佐木信綱は、1903(明治36)年に第1歌集「思草」(おもいぐさ)を刊行している。37(昭和12)年に横山大観や幸田露伴とともに第1回文化勲章を受章した信綱が歌集の名とした思草とは、どのような植物なのか。
 ススキが穂を出し始める時期、根元に群がる高さ約20センチの桃色の花を見ることがある。ナンバンギセルと呼ばれる一年草だ。
 万葉集(巻十)に「道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何か思はむ」と詠まれた思草が、尾花(おばな、ススキの別名)の下に咲くことからナンバンギセルと推察されている。二つの植物の関係を的確にとらえ、ススキの下で頬染めながら頭を垂れるように花が咲いている様子を恋に物思う人にたとえるなど、この歌からは万葉人の正確な観察力と豊かな想像力を感じる。
 この花をよく観察すると、葉がないことに気付く。植物でありながら葉緑素を持たないため、光合成で自ら栄養分を生み出せない不思議な生物なのだ。
 では、どのように栄養分を得るのか。根元を掘ると、ススキの根を巻き込むようにナンバンギセルの地下部が見つかる。実は、ナンバンギセルは寄生植物の一種で、他の植物の根に自らの体を食い込ませ、栄養分を奪い取っている。寄生される側の植物は宿主や寄主と呼ばれ、ナンバンギセルはイネ科やカヤツリグサ科、ショウガ科などの単子葉植物を宿主とする。なかでもススキは主な宿主として知られる。
 ナンバンギセルを漢字で書くと「南蛮煙管」となる。外国(南蛮)からやってきた煙草を吸うキセル(パイプ)に植物の形を見立ててついた名前だ。日本全国で見られ、写真の標本は旧上野市(現伊賀市)で採集された。伊賀地域の植物研究を進め、上野市の文化財専門委員として活躍した百永章(ももながあきら)さんによる植物標本で、1999年に寄贈いただいた6000点の標本資料に含まれていた。
地表に出ている部分は花柄と花の本体だけで、茎はきわめて短く、ほとんど地中に埋没している。7〜9月に咲き、その後つくられる朔果(さくか)の中に0・3ミリほどの小さな種子をたくさんつくる。種子の表面は細かいハチの巣状の構造で、風を受けて遠くへ飛ぶのに役立つとされる。そして寄生植物という性質上、たどり着いた場所が宿主となる植物の根元近くであった場合に限って発芽するとされるが、詳しいことは分かっていない。
ナンバンギセルはすべてのススキに寄生が見られるわけではない。しかも一年草のため毎年同じ場所で見られるとは限らない。それでも、初秋にススキの根元を根気よく探していくと意外とよく見つかる。近くのススキ野原でナンバンギセルを探し、佐佐木信綱記念館(鈴鹿市)を訪ねて、万葉人や佐佐木信綱の思いに触れてみるのも、文化の秋の楽しい体験になるかもしれない。                    

 (三重県立博物館 松本 功)

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