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第48話 キリシマミドリシジミ


キリシマミドリシジミのオス

キリシマミドリシジミのオス

キリシマミドリシジミのメス

キリシマミドリシジミのメス

キリシマミドリシジミ 生息密度の高い菰野
         
 キリシマミドリシジミは、羽を広げた状態で35ミリほどの小型のチョウ。国外では中国西部やアッサムより西北ヒマラヤ地域にかけて、国内では本州(東限は神奈川県の西丹沢)、四国、九州、対馬、屋久島に分布している。県内では鈴鹿山脈とその周辺、大台ヶ原周辺の山地で見られる。
 鹿児島県霧島山で1921(大正10)年7月に発見された個体が新種と認定され、「霧島」の地名が和名に付けられた。しかし、このチョウは霧島山での発見以前に、既に四日市の山内甚太郎によって菰野町の湯の山で採集されていた。
造り酒屋を営んでいた山内は本業のかたわら、昆虫研究を続けた。13年6月、有志とともに泗水昆虫研究会を結成。同8月には四日市第六尋常小学校を会場に四日市昆虫展覧会を開催し、2123名が訪れた。その成果は15年に「伊勢菰野山蝶(ちょう)類目録」として刊行され、湯の山で採集されたチョウ64種が記載された。
この目録の口絵写真に「オオミドリシジミ」として記載されている個体が、後年の研究で、実はキリシマミドリシジミのオスと分かった。間違って認識されたため当時は注目されなかったが、もし正しく同定されていたら、日本初の発見として和名に「コモノ」の名が付けられていたかもしれない。
 今回紹介する写真の標本の2個体は、大紀町(旧大内山村)で1987年に採集された卵から飼育された。
 ともあれ、菰野町内のキリシマミドリシジミは国内でも生息密度が高く、学術上貴重な地域で、1953年5月に三重県指定天然記念物に指定された。
 幼虫の食樹は地域によって違うが、県内では主にアカガシの葉を食べる。アカガシは標高300〜800メートルの山地に見られる常緑広葉樹のブナ科の仲間だ。成虫は年1回、7月上旬〜8月下旬に見られる。卵で越冬する幼虫は新芽が成長する時期に孵化(ふか)し、6月中に蛹(さなぎ)になり、約1カ月後に成虫となる。
 キリシマミドリシジミを含むミドリシジミの仲間は、国内では25種類が知られ、まとめて「ゼフィルス」と呼ぶことがある。ギリシャ神話の「西風の精ゼフィロス」が語源で「そよ風の精」の意味だ。
キリシマミドリシジミのオスは、表側が金属光沢のある黄緑色、裏側が銀白色の地色に褐色の弱い斑紋のある翅(はね)を持つ。日中にアカガシの樹間を鮮やかな色彩の翅を輝かせながら軽快に飛びまわる姿は、まさしく「そよ風の精」を連想させる。
メスは、翅の表面が褐色で青色の斑紋の見られるものが多く、まれに薄い橙色(だいだいいろ)の斑紋を持つものや斑紋を持たない黒褐色のものがある。裏側は褐色の地色に太い白帯がみられる。メスは食樹の近くを離れず、オスほど活発には活動しない。
 8月中に御在所岳の周辺の山に登れば、このチョウが飛び交う姿に出会えるかもしれない。ぜひ観察してみてはいかがでしょう。        

(三重県立博物館  今村隆一)

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