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第42話 オオタニワタリ


オオタニワタリの葉の標本=県立博物館所蔵

オオタニワタリの葉の標本=県立博物館所蔵

直径約1.5mの株=紀北町大島で

直径約1.5mの株=紀北町大島で

オオタニワタリ 紀北の生育地が北限
 
 オオタニワタリは常緑性のシダ植物で、伊豆諸島、紀伊半島、九州(西部・南部)、奄美諸島、沖縄などの暖地で見ることができる。県内の生育地は、紀北町の大島の1カ所だけが知られている。ここは、黒潮が流れるために温暖で、日本のオオタニワタリ生育地の北限とされている。
 現在、大島全体が国指定の天然記念物「大島暖地性植物群落」(1957年7月10日指定)として保護されている。さらにオオタニワタリは、県内に生育する絶滅の恐れのある植物として「三重県指定希少野生動植物種」にも指定されている。今回は、天然記念物に指定される以前の1950(昭和25)年に、大島で採集されたオオタニワタリの標本を紹介する。
 本州で野生状態で生育するオオタニワタリは数少ないが、くらしの中では他地域産のものが観賞用植物として身近に存在している。大きな葉を生け花に用いたり、園芸植物として栽培したりするなど、目にする機会も多い。
 オオタニワタリの特徴は葉の形にある。多くの種類のシダ植物の葉は、縁が何度も切れ込み、ヤシやソテツの葉のような形状になるのに対し、オオタニワタリの葉は、縁の切れ込みがまったく見られず、ネクタイをイメージさせるような形状となっている。また、長さが1メートルにもなる大きな葉を根元から放射状に広げるため、見た目も他のシダとは明確に区別できる。
 オオタニワタリは歴史の中にも登場するとされ、日本書紀の仁徳天皇三十年九月十五日条に記された、皇后磐之媛(いわのひめ)が木国(紀伊国)で採った「御綱柏」(みつながしわ)をカクレミノなどの葉とする諸説がある中で、オオタニワタリを指すとの説もある。ラテン語で記される世界共通の名称である学名は、この説をもとに「古代の」という意味の「アンティクム」を使い、オオタニワタリを「アスプレニウム アンティクム(Asplenium antiquum)」と名づけている。
 オオタニワタリは漢字で記すと「大谷渡」となる。これは生育地である谷間のやや湿った樹林内で、樹幹や岩上に身を乗り出すように着生している姿を、シダが谷を渡ろうと対岸をうかがっている姿にたとえたとされる。
紀北町の大島では、海に面したがけの上部の、やや湿った谷状斜面の樹林下にオオタニワタリの群落が見られ、その姿は大海原をうかがうようだ。事実、オオタニワタリをはじめ南方系の植物は、黒潮の影響を受ける海岸沿いに分布することがあり、黒潮によって胞子や種子などが運ばれ、分布を広げたと考えられている。
 かつては四国の高知県と徳島県にもオオタニワタリの生育地があったが、園芸目的の採集などにより、野生状態では絶滅したと考えられている。このため、和歌山県と三重県で生育が確認されているオオタニワタリは、他の生育地とは隔離された飛石分布の一つとなっており、貴重な存在だ。
 このように、他地域と離れて分布している個体群は、詳細な研究を進めていくと独自の遺伝子が見つかることがある。このことは、生物の進化をひもとく重要な資料となるため、詳細な分布調査を行い、個体群の保護に努める必要がある。   

(三重県立博物館 松本 功)

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