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尾鷲町(北牟婁郡尾鷲町)


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 尾鷲町(現尾鷲市)は「紀北第一の市街」で、明治38年段階の戸数・人口は1,738戸・9,209人であった(『三重県史』別編 統計)。九木岬と須賀利岬で湾口をおさえられた尾鷲湾は、「浪平に水深く、大船巨船の碇泊に適せる良港」で、明治33年(1900)4月26日の就航当初から大阪商船の定期航路(大阪・熱田間)の寄港地となった。なお、尾鷲港からは大量の木材・漁獲類が東京・大阪・名古屋などに送られ、『三重県案内』でも「郡の重要産物たる木材漁獲物の搬出甚た熾(さかん)なり」と紹介している。また、尾鷲町の「観るへきもの」としては、「郷社尾鷲神社、尾鷲公園及土井八郎兵衛の挽材工場、竹林、柑橘園等」をあげている。

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