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農業館(宇治山田市倉田山)※


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 「神宮域外ノ規模ヲ整理シテ一大神苑ヲ開」く計画を具体化するために、明治19年(1886)6月に神苑会が組織された。神苑会では歴史博物館(徴古館)を設置する予定であり、「徴古館ノ一部トシテ先ヅ農業館」が建設されることになった。その趣旨は「本邦ノ国ヲ立ル農ヲ以テ本トシ・・・普ク海内新古百般ノ農業具ヲ蒐集陳列シ、傍ラ標本及農業書ヲ収蔵シテ農業家ノ観覧ニ資」すということで、博物学者で貴族院議員の田中芳男が建築委員長となって、最初の農業館が外宮神苑前に24年5月開館した(『神苑会史料』)。その後、38年に倉田山に移され、写真のようになったわけであるが、その際には規模も拡大され、大部分は新築であったという(『東海の近代建築』)。設計は、徴古館と同じく、赤坂離宮や奈良・京都国立博物館などの設計で知られる片山東熊で、平成元年(1989)に式年遷宮記念の神宮美術館新設に伴ってやむなく解体となった(「農業館の再建」『瑞垣』171)が、最近、近くに再建され、その姿を見ることができる。

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