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阿漕焼陶器製造工場(津市枕町)


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 江戸時代、津の周辺に万古焼の流れを汲んだ安東焼があった。万古焼の祖・沼波弄山のもとにいた陶工が津藩に招聘され、安濃郡観音寺村(現津市)に窯を築き、安東焼と言われたが、長くは続かず、廃窯となってしまった。嘉永6年(1853)津船頭町の倉田久八はこの安東焼を再興し、のち阿漕浦近くに窯を移したことから阿漕焼として知られるようになった。久八没後、明治20年(1887)頃に市川岩吉の起業もあったが、失敗に終わった。そこで、名産の消滅を嘆いて32年に有志が阿漕焼製陶株式会社を組織し(『津市史』第4巻、『明治34年三重県統計書』では34年2月創立)、枕町の岩田川堤に窯を設け、製作を開始した。写真はその製陶工場であるが、欠損を重ねて36年に会社は解散しており、『三重県案内』では「今は改めて小島兼太郎の経営する所」としている。なお、枕町は現在の南丸之内の一部である(『津市の旧地名』)。

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