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報道規制された地震被害−NY紙は大きく報道


「ニューヨーク・タイムズ」紙掲載の「日本の地震被害中心地」の図

「ニューヨーク・タイムズ」紙掲載の「日本の地震被害中心地」の図


 最近、大地震に対する防災体制の確立が盛んに叫ばれ、三重県では東南海や南海地震によって大きな影響が出ると考えられている。
 現に、昭和19(1944)年12月7日午後1時分頃に起こった東南海地震は、県内に甚大な被害をもたらした。今月7日で満59年が経ったわけであるが、地震のマグニチュードは8・0で、県内の被害は全壊戸数4,793戸・半壊6,767戸、流失戸数3,129戸、死者406人・負傷者607人にも及んだ。特に津波による被害が大きく、熊野灘沿岸には繰り返し津波が押し寄せた。
 しかし、第2次世界大戦中の戦局が緊迫していた時期であり、政府や軍隊は地震被害の真相を国民に知らせることを規制した。県内政部長の各市町村長への12月10日の通知も「極秘」で出され、「此ノ程度ノ災害ニテ士気ヲ阻喪(そそう)スルコトナク、……寧ロ(むしろ)神ノ与ヘラレタル試練トシテ……県民打ツテ一丸トナリ之ニ対処スル」と、大した災害ではなく、県民一丸となり対処するよう強調している。
 また、新聞等の報道管制も厳しかった。当時1県1紙の地元新聞として統合されていた『伊勢新聞』の12月8日の朝刊は、「天災に怯(ひる)まず復旧 震源地点は遠州灘」という見出しで報道しているものの、きわめて小さい記事で、「三重県下 一部に被害をみた」というだけである。ただ、『(紀南版)伊勢新聞』は、地震の影響であったのか、8日が「印刷機械その他故障のため休刊」で、翌9日に「全紀南地方に強震 津波による被害各地に発生」という見出しで「各地とも相当被害がある」と記している。惨状を目の前して被害報道を伏せることはできなかったのであろうが、死者数・流失戸数などは後日になってもいっさい記述されていない。多大な被害数を知ることによって人心が動揺し「士気」が弱まることを恐れたためで、これも報道管制と思われる。
 一方、『ニューヨーク・タイムズ』・『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』などアメリカの新聞では、日本のこの地震を大きく取り上げている。平成6(1994)年月に「東南海地震50年」を企画した民放テレビ局のディレクターからこれらの新聞コピーをいただき、非常に驚いた。たとえば、『ニューヨーク・タイムズ』の月8日の朝刊では、第1面に「中部日本で悲惨な地震(翻訳)」の見出しを掲げ、3面にわたって記事を掲載し、「1923年の大地震(関東大震災)よりも大きい」とか、「日本列島では激しい揺れと津波が起きたはず」とか記述している。また、翌9日付けの記事には「日本政府は……大きな軍需施設が被害地区に含まれていることを認めながらも、被害を少なく見せようとしている」とも記している。
 このように、東南海地震の被害実態は戦時中で隠されたものとなってしまった。しかし、震災後の復旧活動は『伊勢新聞』にも詳細に記載されており、これらを事細かく分析することで各地の災害状況を知ることができそうである。また、地震の専門学者たちは調査研究を繰り返し、この地震の実態究明に努力してきている。三重県に大きな被害を与えた大地震であり、今後の防災に備えるためにもこの地震に関する資料を更に収集し、その状況を明らかにしていく必要を感じる。

(県史編さんグループ 吉村利男)

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