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盛況だった伊勢歌舞伎


 江戸 時代の伊勢は全国から訪れる人々で大いににぎわいました。ふだんは旅行などとてもかなわぬ人たちでも、伊勢 まいりなら大義名分が立つということで、町内や仲間内で講を作り、お金を積み立てて代表を順番に送り出した りしました。そうした講の記録や伊勢参宮の旅日記などが各地には多く残されています。また、江戸時代の山田 や宇治には、旅行者のためのいろいろな施設が整備されていましたが、芝居小屋もその一つでした。
 江戸時代に歌舞伎興行が盛んだったのは江戸・京都・大坂・伊勢で、伊勢は三都に次ぐ演劇の先進地域でした。当時の伊勢の舞台は三都への登竜門とも言うべきもので、享保年間(1716〜1736)に著名な上方役者であった初代沢村長十郎は、地方の旅芝居で修行を積み、その仕上げとして伊勢で芝居し評判となり、京都へ出て名人と言われるまでになったということが『役者論語』という本に記されています。また、幕末〜明治に江戸で活躍した三代目中村仲蔵が記した『手前味噌』には、伊勢の舞台で「伊勢音頭 恋寝刃(こいのねたば)」を演じたところ、「伊勢は津でもつ」の唄になると見物人がわっと喜んだとの記述があり、江戸の役者との交流も見られました。
 伊勢の芝居小屋としては、古市芝居と中の地蔵芝居が常設されていました。興行に先立って演題や出演者を列記した芝居番付と言われる宣伝用刷物が配られ、このほか、絵本番付という芝居の内容を絵にし、あらすじを紹介した小冊子も販売されたり、贔屓先に配られたりしました。県内では津市の石水博物館と伊勢市の神宮徴古館に多数の芝居番付が保存されていますが、「義経千本桜」や「仮名手本忠臣蔵」といった人気演題が時代を越えて何度も上演されたことがわかります。絵本番付には絵の部分に自分で色を塗ったものもあります。また、皇学館大学神道博物館には、当時舞台で使われた豪華な舞台衣装や小道具などが千束屋資料として展示されています。町並みそのものは昔と大きく変わりましたが、伊勢歌舞伎の歴史と伝統の一端に触れるのも、伊勢を知る上で趣きのあることだと思います。

(平成6年4月 川合健之)

「伊勢音頭恋寝刃」錦絵(樋田清砂氏蔵)

「伊勢音頭恋寝刃」錦絵(樋田清砂氏蔵)

伊勢芝居番付(石水博物館蔵)

伊勢芝居番付(石水博物館蔵)

参考文献

『伊勢歌舞伎調査報』第1〜3号 伊勢文化会議所 昭和59〜61年
『伊勢千束屋歌舞伎資料図録』 皇学館大学千束屋資料調査委員会 昭和63年
『千束屋資料調査報』第1〜2輯 皇学館大学千束屋資料調査委員会 平成元〜2年
安田文吉・安田徳子『歌舞伎のたのしみ』北白川書房 平成5年
『三重県史』資料編 近世5 平成6年

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