トップページ  > 県史あれこれ > 平安の息吹伝える伊雑宮御田植祭

平安の息吹伝える伊雑宮御田植祭


 毎年6月24日、盛大に行われる磯部町伊雑宮(いざわのみや)の御田植祭は、大阪府の住吉大社、千葉県の香取神宮とともに、日本三大御田植祭の一つとして、広く世間に知られています。これら祭の由来は、その年の豊作を祈ったり、豊作か凶作を占ったのが始まりだとされます。また、御田植祭で詩を歌い太鼓を打ち鳴らすのは、神を讃えるばかりでなく、田植という重労働に対して慰めや、‘うさ‘を晴らすためであったと考えられています。
 ところで、神宮別宮である伊雑宮は志摩地方ばかりでなく、県外にも氏子をもっており、御田植祭の当日は多くの見学者で終日賑わいをみせます。この祭の起源は、平安時代の末ごろと伝承されていますが、これまでの調査では、南北朝時代の建武2年(1335)、今から約 650年前に行われた祭が、記録上では最も古いようです。それ以降、明治4年(1871)の神宮改革で一時中断されたものの、明治15年磯部村の人々の手で虫除祈念という名目で再興され、明治23年からは神宮司庁の補助金を受けて行われるようになり、昭和46年には県の無形民俗文化財にも指定され、現在に至っています。
 祭は、午前11時、えぶり指(さ)し、田道人(たちど)、早乙女、ささら摺、太鼓打、楽人など30名の奉仕者と近郷の青年達が加わって、賑々しく始められます。平安朝の古式ゆかしい衣装をまとった奉仕者たちは、御前でお祓い、拝礼ののち、代表が早苗を捧げて御田に向かう。田道人、早乙女らが、苗取りを終わると、地元の青年達によって勇壮な「竹取行事」が始められます。その後、のどかな田楽に合わせて田植が始まり、それが終わると「おどり込み行事」が繰り広げられ、御田植祭は最高潮を迎えます。こうして、一連の行事が終わるのは午後5時ごろになります。
 6月24日に行われる伊雑宮の御田植祭を中心にお話してきましたが、平安朝ののどかな息吹を味わいにぶらっと出かけてみませんか。

(平成元年5月 山口千代己)

御田植祭風景(磯部町郷土資料館提供)

御田植祭風景(磯部町郷土資料館提供)

参考文献

伊藤保『磯部の御神田』磯部町教育委員会 昭和55年
なお、この伊雑宮御田植祭は平成2年1月、国の無形民俗文化財に答申された。

関連リンク

トップページへ戻る このページの先頭へ戻る