むかし、むかし波切(なきり)の大王島(だいおうじま)にダンダラボッチと言うて、三〇尺(しゃく)以上も背がある一ツ目片足(かたあし)の巨人(きょじん)が棲(す)んでおった。何でもダンダラボッチがひとまたぎすれば、その重(おも)みで岩が海の底に沈(しず)んでしまうというほどの大男だったそうや。
この大王島は波切の大王崎から見ると、ずっと沖(おき)の方に見える島で、ダンダラボッチはここをねじろに近くの村里を荒(あ)らしまわっておった。そやもんでこの島には、ダンダラボッチの足あとがいくつもついておったそうな。
秋がた、波切の里にやってきては神通力(じんつうりき)で雲を呼(よ)んだり、風を起こしたりしておった。そのごっとに砂浜(すなはま)には嵐(あらし)がおこり、船(ふね)がひっくりかえり、村人はいつもひどい目におうていたそうな。そのうえ、ダンダラボッチは帰るときに、えものをふんだくったり、美しい里の娘を順番(じゅんばん)にさらっていくんや。村の者(もん)はなんとかしてダンダラボッチを退治(たいじ)しようといろいろと知恵(ちえ)をしぼっとった。
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波切(なきり)の大王島(だいおうじま)
大王崎(だいおうざき)の沖(おき)に浮(う)かぶ島。
三〇尺
約10メートル
大王崎
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ある秋の日やった。ダンダラボッチは今日も里にやってきて、海岸をノッシノッシと歩いとった。ふと足もとを見ると一軒(いっけん)のとま屋があった。中をのぞくと、一人の美しい娘がムシロを編(あ)んでおる。ダンダラボッチはニタッと笑(わら)ってたずねた。
「こら娘、おまえの作っておるのは、そりゃあ何や」
娘は静(しず)かに言ったそうな。
「これは千人力の村主(そんしゅ)さまのはくわらじです」
ダンダラボッチのやつはハッと驚(おどろ)きよった。
「これは何と言うことや。波切にはこんな大きなワラジをはく巨人がおるのか。ウカウカとこの里へはこれんぞ。何とこわいことやないか」
と言うて方角(ほうがく)を変えて、今度はダンダラ島にとび移った。
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とま屋
苫屋(とまや)。苫(とま)ぶきの(そまつな)家。
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ちょうど網納屋(あみなや)の前で数人の漁師(りょうし)たちがイワシ網(あみ)をつくろっておった。そばに大きなボテカゴが置(お)いてある。ダンダラボッチは、何か悪(わる)いことをしょうわいとたくらみ、漁師たちに網を指(ゆび)さして
「これは何に使うのじゃ」
とたずねおった。漁師たちはふるえあがったが、その中でも落ち着いた年寄(としよ)りの一人が、笑顔(えがお)で網をゆび差しながら
「ダンダラボッチさま。これは、ほれ、村主さまが召(め)される着物ですぞ」
と言うと、ダンダラボッチは急に身をふるわせて、あたりをキョロキョロ見わたし、ボテカゴに目をやった。おそるおそるボテカゴをゆび差して
「あれは何や」
と聞くと、漁師たちはダンダラボッチのふるえるようすを見て、ここぞと力を入れて、
「あれこそ、千人力の使う飯箱(めしばこ)ですぞ」
と答えおった。 |
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ボテカゴ
魚の餌(えさ)を入れる袋(ふくろ)。
しょうわい
やってやろう。 |
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ダンダラボッチのやつは、肝(きも)をつぶし、顔がだんだん青うなって、落ち着きをなくし、ついに一目散(いちもくさん)に海のかなたに逃(に)げていきおった。
その日から海はなぎ、秋晴(あきば)れの日が続いた。村の者は前のように元気を取り戻し、浜は大漁(たいりょう)でにぎわったそうな。
それ以来、波切では今でも大きなワラジを作って、毎年九月申の日に大ワラジを海に流す「わらじ祭」が行われとって、大漁を祈(いの)っておるそうじゃ。 |
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わらじ祭
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