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みえの文化びと詳細

地域 伊勢・志摩地域
名前 田村 美保子

田村先生賞状
令和5年度地域文化功労者表彰の被表彰者となった田村美保子さん

プロフィール  田村美保子さんは、終戦直後の昭和20年10月に生まれ、警察官だったお父様の勤務する今の三重県いなべ市で、子ども時代を過ごしました。元来の音楽好きでしたが、家に楽器がありませんでした。本当に物がない時代で、家に楽器があるのは、よほど裕福か、とくに音楽に縁のある家庭だけだったと、田村さんは振り返ります。田村さんが楽器に触れたのは、小中学校の音楽室でした。音楽の先生に気に入られ、授業に加え独学で楽器を練習して、音楽に親しみました。

 田村さんが高校に入学する頃、お母様の療養のため一家で旧・紀和町(現・熊野市)に移りました。次に御浜町にも住み、しばらく東紀州で暮らします。そこから、音楽とともに子どもが大好きな田村さんは、当時度会郡にあった三重県立明野高校(現・伊勢市)の保育科に入学しました。現在の活動の中心である度会町との縁のはじまりです。同校で初めてピアノ教育を受けました。

 そして、そのまま保育士になるものと考えていた田村さんに、音楽に熱中する姿をずっと見ていたお母様が、日本音楽学校への入学を勧めました。当時東京にあった、音楽教員の免許を取得できる専門学校です。「今の私への道筋を作ってもらった」と、その勧めを田村さんはずっと感謝しています。同校卒業後、小中学校で臨時教師として勤めながらピアノ教師として活動し、音楽を仕事にする人生がはじまりました。

 その後、ある出来事をきっかけに大正琴と出会った田村さんは、その音色に魅了され、伊勢地域を中心に大正琴講師として活動を開始します。その中で、より多くの県民に大正琴の素晴らしさを知ってもらおうと、三重県大正琴協会の設立に尽力し、自ら会長に就任しました。平成8年の第2回みえ県民文化祭では、大正琴部門の参加を実現させ、そこから県民文化祭での毎年の大正琴事業を行っていきました。

 協会設立以前には、県内の大正琴各流派間に交流があまりありませんでした。そんな中で流派を超えた団体を設立したことは、県外の大正琴指導者にも影響を与え、後に、全国組織である社団法人(現・公益社団法人)大正琴協会設立の足掛かりともなりました。現在、田村さんは、1,350名の会員を擁する三重県大正琴協会の会長として、国民文化祭や生涯学習フェスティバルへの参加など、大正琴の裾野を拡充する地域に根差した活動で、三重県全体の文化向上に貢献しています。
 
 また、演奏家として、県内にとどまらず日本全国で演奏活動をしました。ニューヨーク、中国、シドニー、ウィーンなど海外でも数多くの演奏をしています。現地の人々から高い評価を受け、長く大正琴奏者として活躍しました。

 さらに、未来ある子どもたちに大正琴を伝承するため、無償で子どもたちに大正琴を指導するなど、後進育成にも大きく貢献しています。近年では、「全国子供大正琴コンクール」で最高賞の文部科学大臣賞を目指す子どもたちの指導者として、全国から注目されています。

 こうした永きにわたる活動で、本県の音楽文化の振興発展に果たしてきた功績はとても大きく、平成18年に第6回三重県文化賞で文化功労賞を受賞し、令和5年に文部科学大臣による地域文化功労者表彰の被表彰者となりました。


昭和20年(1945) 今のいなべ市に生まれる
昭和35年(1960) 母の療養のため東紀州地域に移住
昭和36年(1961) 三重県立明野高校・保育科に入学、必修科目としてピアノを学ぶ
昭和39年(1964) 日本音楽学校に入学、小学校と中学校の教員免許を取得
昭和41年(1966) 小中学校の臨時教諭として勤務する傍ら、ピアノ講師として活動
昭和60年(1985) 大正琴講師として活動開始
昭和62年(1987) 大正琴演奏グループ「エンゼルフィッシュ」を結成
平成7年(1995) 三重県大正琴協会を設立し会長に
平成8年(1996) 第2回みえ県民文化祭で大正琴部門の参加を実現
平成11年(1999) 度会町地域文化功労賞
平成12年(2000) 全国大正琴協会功労賞
平成18年(2006) 第6回三重県文化賞・文化功労賞
平成26年(2014) エンゼルフィッシュ解散、以降は大正琴の教室運営に集中
平成29年(2017) 全国子供大正琴コンクールで橋本莉さんが文部科学大臣賞
令和4年(2022) 全国子供大正琴コンクールで吉富心音さんが文部科学大臣賞
令和5年(2023) 文部科学大臣による地域文化功労者表彰



記事  田村さんが大正琴と出会ったのは、失意の底にいるときでした。14歳の娘さんを亡くした直後のことです。何も手につかない日々に、久しぶりに訪れた楽器店で、大正琴の短期講座のチラシを目にしたのがきっかけでした。すっかり精彩を失った田村さんを心配し、顔馴染みの店主さんが、何かのきっかけにと手渡したものでした。

 その講座に参加し大正琴の音色に魅了された田村さんは、寂しさを埋めるように大正琴に没頭しました。積み重ねた音楽の素養もあり、半年後には、今も所属する大正琴全国団体の一つ「琴修会」の一番基礎的な講師資格を取得します(現在は最高位の「一級師範」を保持)。折しも高齢者を担い手の中心とする大正琴の再流行期、県内の大正琴の各教室や家庭教師で、多いときには250人もの生徒を指導しました。

 田村さんの大正琴一筋の人生がはじまりました。田村さんは「娘が大正琴に出会わせてくれた」と思っています。


 大正琴は、大正時代の名古屋市で、森田吾郎という人が発明した楽器です。一説では、あらゆる楽器の中で唯一、純粋に日本で生まれたものだとか。従来の琴にタイプライターの着想を加え、弦を弾きながらボタンを押すことで、誰でも気軽に音階を奏でられることを目指しています。楽譜も音符ではなくボタンの記号で書かれ、そんな手軽さから大正から昭和にかけて爆発的に全国に広まりました。

 手軽さの反面、「音楽家が本気で取り組む楽器ではない」と言う人もいます。亡き娘さんへの思いとともに、入り口の敷居は低いが奥の深い大正琴に大きな魅力を感じ、人生を捧げる田村さんには不本意な評価です。

 仲間の大正琴講師たちとの演奏ユニット「エンゼルフィッシュ」結成は、そんな悪評への反骨精神が大きな理由でした。「大正琴では、こんな曲を、こんな方法で演奏できる」とアピールし続けました。田村さんは、「私には人と同じことをしたくないという思いが強く、どうやったら大正琴の可能性を広げられるか常に挑戦しています」と語ります。

 その独創的な挑戦は大いに人々の注目を集め、日本各地や、音楽に関心の高い世界の各都市で演奏会を開くことになりました。様々な人から声がかかり、グループの単独コンサートもいくつもこなしました。中でも、教室を開く本拠地の三重県内では、非常に多くの演奏をしました。


 現在、25年活動したグループを解散し、演奏家としてはほぼ引退した田村さんですが、活動の起点である大正琴教室には一層力を入れています。三重県大正琴協会の会長として所属講師たちの各教室をまとめながら、田村さん自身が直接教える教室も6つあります。とくに子どもたちへの教育に情熱を注ぎます。その最大の目標が「全国子供大正琴コンクール」への挑戦です。

 コンクールは、複数の大正琴団体で結成する公益社団法人「大正琴協会」主催で、高齢愛好家が多い大正琴が先細らないよう、若い人たちに大正琴を広めることなどを目的に開催されています。その参加者は年々増加し、全国の子ども・若者が、大正琴の可能性を広げる多彩な演奏を披露して腕を競います。

 田村さんのエンゼルフィッシュでの活動は、その可能性を広げる土壌作りに確実に一役買いました。その田村さんが、今度は自分の教え子たちに大正琴の可能性を広げる指導をし、コンクールで目覚ましい成果をあげています。


 今、大正琴の世界で、二人の若き演奏家が注目を集めます。お一人は(増田)心馬さん、もうお一人が、第19回三重県文化賞の文化新人賞(文化賞最年少受賞記録)となった橋本莉さんです。二人は良き友人であり、「全国子供大正琴コンクール」最高賞の文部科学大臣賞をめぐって争うライバルでした。心馬さんは橋本さんより年長で、兵庫県からコンクールに出場した後、参加可能年齢を過ぎた時点で先にプロの演奏家になりました。そして、橋本さんは令和4年、参加最終年に3度目の文部科学大臣賞に輝いた後、大学生となって音楽活動を広げながら心馬さんを追いかけています。その橋本さんを指導しているのが田村さんです。優れた結果を出し続ける田村教室の中でも、橋本さんはとくに際立った存在です。

 田村教室には、橋本さんに続く存在も育ちます。とくに注目されるのが吉富心音さんです。橋本さんがソロ部門B(18歳以下)を卒業した令和5年、吉富さんはソロ部門A(12歳以下)で2年連続の文部科学大臣賞に輝きました。吉富さんも次の年からソロ部門Bに移ります。田村さんの下で一緒に学びながら、ずっと橋本さんの背中を追ってきました。

 若者たちが互いに良い影響を与え合いながら、大正琴の音楽の世界を広げていく、そんな文化を創り上げることに、田村さんは大きな役割を果たし続けています。


田村先生演奏
演奏する田村美保子さん(真ん中の写真では中央、下の写真では右から2番目が田村さん)
田村先生指導
田村美保子さんが指導する橋本莉さん(上)と吉富心音さん(下)
問い合わせ先 三重県大正琴協会 0596-62-1434
e-mail  
ホームページ  
取材機関 三重県 環境生活部 文化振興課
津市広明町13
TEL:059−224−2176
FAX:059−224−2408
登録日 令和06年1月20日

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