資料詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| コレクション | 長原担氏寄贈 |
| ジャンル | 絵画(油彩画等) |
| 作者名 | 長原孝太郎/NAGAHARA Kotaro |
| 制作年 | 1910(明治43)年 |
| 材料 | 油彩・キャンバス |
| 寸法 | 72.5×60.5 |
| 署名 | 左下: 明治四十三年五月三十日 「」(モノグラム) |
| 寄贈者 | 長原坦氏寄贈 |
| 来歴 | |
| 初出展覧会 | |
| 作品名欧文 | Nude |
| サイト | |
| 解説 | 止水・長原孝太郎。一八六一年に生まれ、一九三〇年に没する。その号である止水は父・武の号止尤のおもかげを宿しつつ、明鏡止水を願う長原の心情の反映であったのかもしれない。この知的な青年はまた多感でもあって、岡倉天心とその一派の復古的な姿勢を筆に託し、皮肉って反撃を受けたりしているからだ。 しかし、藤島武二、原田直次郎、そして特に森鴎外と親しく、たとえばアンデルセン作鴎外訳「即興詩人」は、長原の装丁だし、その他鴎外の著作物の装丁のほとんどは、長原か藤島のどちらかの手になっている。その頭脳の明せきと進取の気象は鴎外に通じ命じ三〇年代前半の「めざまし草」「芸苑」「芸文」「万年草」には、毎号、表紙、挿絵などを掲載した。長原の機知、あるいは批判精神が最も所を得た時期だったともいえる。 あたかも東洋風隠者の観が生まれたのは後年のこと。そしてこの村民然とした長原のような人が裸婦を描き続けたというのも明治という時代のおもしろさなのかもしれない。 (東俊郎 中日新聞 1987年11月14日掲載) |
| 展覧会歴 | |
| 文献 |