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金剛證寺(度会郡四郷村朝熊)※


写真


 『三重県写真帖』での表題は「朝熊山」で、「頂上ニ古刹金剛證寺アリ、眺望最モ佳ニシテ晴天富士山ヲ望ム」と、朝熊山の説明をしている。金剛證寺の創立については諸説あって明確でないが、本堂背後の丘陵にある経塚出土の経筒銘文から既に平安時代末期には「勝峯山金剛證寺」の寺名であったことが確認できる。写真は本堂付近の光景であり、手前には「つれまの池」(『伊勢参宮名所図会』)の一部が写っている。本堂は「柿葺」(檜皮葺)の寄棟造りの構造で、慶長14年(1609)銘のある擬宝珠や同15年の棟札があり、同13年9月に一山が炎上したと言われており、そのあと、まもなく再建されたものらしい。その後、元禄14年(1701)など何回か修理されているが、ここに掲載した写真までおおよそ300年の歴史をもっていた。大正9年(1920)には特別保護建造物に定められ、昭和25年文化財保護法の施行に伴い重要文化財となった。そして、平成元年〜6年(1989〜1994)には、本格的な解体修理工事が実施された(『重要文化財金剛證寺本堂修理工事報告書』)。

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