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伊勢市 みやがわのうるし
宮川の漆
昔々のこと、伊勢の佐八に住んでいた兄弟が、川の底で漆のかたまりを見つけました。
しかし、高価な漆を独り占めしようと企んだ弟は、二度と戻ってきませんでした。

お話を聞く

 むかし、宮川が伊勢に入ったあたりの佐八(そうち)という村に、およぎのうまい兄弟がおった。近くの「柳(やなぎ)の渡(わた)し」という渡し場で人足(にんそく)をしたり、川に潜(もぐ)って魚をとったりしていたそうや。
 その日も、二人して水の中に入って魚を追いかけているうちに、弟はいつのまにか川上の深い淵(ふち)に来てしまった。
 ふと見ると、川底に何か黒い大きな物が横たわっているではないか。
恐る恐る近づくと、それは天然の漆(うるし)の塊(かたまり)やないか。岸辺に生い茂っている漆の木から、汁がしたたり落ちて淵底(ふちぞこ)に沈み、岩のくぼみを埋(う)めて固まっていたらしい。
用語説明

野山に生えている落葉樹で、葉は藤の葉のように大きい。皮から取った汁を塗り物に使う。



「こりゃ、いい物を見つけたわい。取って帰って、山田の町へ売りに行こう」
 すぐにもどって兄に話し、二人して淵にでかけ、代わる代わる潜っては、漆をすくい取って町の商人に持ち込んだ。山田の町では、塗物(ぬりもの)の重箱や箸(はし)が参宮客(さんぐうきゃく)の土産物(みやげもの)としてもさかんに作られていたから、漆はいい値(ね)で売れたんや。
 こうして、兄弟はそれぞれ毎日のように漆を取っては売り、またたく間に二人のくらしは楽になった。しかし、金が入るとみょうなもので、弟はだんだん欲が出てきた。
「もともと、あの漆はこのワシが見つけたんや。ようし、兄やんをおどかして、残りはオレのものにしようわい」
   



   
 次の日、弟はこっそり淵に行くと、漆の塊のある岩陰(いわかげ)に朱色(しゅいろ)の布を二枚(まい)沈めた。あたかも大蛇(だいじゃ)がまっ赤な口を開けているように見せかけるために。
 何も知らずにやってきた兄は、いつものとおり飛び込んで川底にそれを見たから、肝(きも)をつぶさんばかりに、驚(おどろ)いた。命からがら逃(に)げ帰ると、弟に言った。
「あれは大蛇の漆だったわい。それをとったから、怒(おこ)って大蛇が出たのだ。もう漆とりはやめにしよう」
「しめしめ、これで残りは全部オレのものになったぞ」
 喜んだ弟はひとりで川の淵へ出かけたがそのまま帰らなかったと。
それからこの淵には大蛇がすむと言い伝えられ、村人は誰(だれ)も寄りつかなかったそうな。
   



読み手:杉浦 秀男さん