山に入って八日目。あたりが薄暗(うすぐら)くなってきたころ、かすかにシダの葉がゆれ、 ザア、ザア、ザア という音がしてきた。近くには何かがいるようだ。ひょっとしたら大蛇かもしれん、と権兵衛さんは息を殺してじっと待っとった。 ときおり、あたりから聞こえてくる奇妙(きみょう)な鳥の声や、狐(きつね)の鳴(な)き声が静けさを破り、遠くの山々にこだまする。そうこうしているうちに、 ザア、ザア、ザア という音がしだいに大きくなってきたんじゃ。それにつれてシダの葉っぱも激しくゆれる。ほんそこに大蛇がいるけはいを感じた権兵衛さんは、鉄砲を持ち直して、いつでもうてる構(かま)えで待っとった。 と、大蛇がふいに現れ、かま首をあげ大きな口を開けて、権兵衛さんめがけておそいかかってきた。権兵衛さんはとっさにズンベラ石で身を隠し、できるだけ大蛇を近くに引き寄せ、大きな口をめがけて ズドーン、ズドーン、ズドーン と三発続けざまにうちこんだんじゃ。 さすがに怪物の大蛇も、権兵衛さんの鉄砲に急所をうたれ、たまらずのたうちまわって苦しみ、どくを吐(は)きながら山の斜面をころげ落ちていきよった。 村人たちはその銃声(じゅうせい)を聞いて「やったー」と大声をあげながら峠へと急いでかけあがっていったんじゃ。そやけど、そこで見たのは大蛇のどくにやられ、道端(みちばた)に倒れている権兵衛さんやった。 村人たちは、大急ぎで権兵衛さんを戸板にのせて村へ帰り、手当てをしたけど、大蛇のどくのために全体がぶくぶくにふくれあがり、そのまま亡くなってしもたんじゃ。 村人たちは、権兵衛さんをねんごろにとむらい、権兵衛さんの活躍(かつやく)を今日まで語りついできとるんじゃ。