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阿山町 よきとぎじぞう
信楽街道に今も残るよきとぎ地蔵は、
ある和尚さんが旅人の安全祈願のために「よき」と呼ばれる手斧で彫ったといわれ、
いまも地域の人はおこもりをしておまつりしています。

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 信楽街道(しがらきかいどう)の前に立っとるよきとぎ地蔵(じぞう)は、むかしからこの辺では名の知れたお地蔵さんや。
 信楽街道というのは、伊勢から京都へぬけるいちばんの近道でな。亀山(かめやま)から関(せき)、加太(かぶと)を越(こ)え、柘植川(つげがわ)にそうて奈良(なら)へ行く大和(やまと)街道を佐那具(さなぐ)から分かれ、河合川(かわいがわ)ぞいにこの千貝(せがい)を通って信楽へ行く道がむかしから信楽街道と言われとったんや。
 ところが、この千貝から西側は山で、在所(ざいしょ)はぱらぱらとあるだけや。ほとんどが山道で、むかしから危険(きけん)が多かったんや。
 鎌倉時代の終わりごろ、佐那具に了源寺(りょうげんじ)という真言宗(しんごんしゅう)の大きなお寺が建てられてな。何でも了源和尚(おしょう)という京都の名高い和尚さんが布教に来て建てた寺やそうや。ある年の冬、その了源和尚が京都への帰りしな、駕籠(かご)に乗ってこの街道を通ってな。丸柱(まるばしら)と信楽のあいだの峠(とうげ)道で、何者かに殺されたんや。何で殺されたんかはわからんけど、そのとき峠に積もっとった雪があたかも桜ふぶきのように血に染(そ)まったんで、桜峠と呼(よ)ぶようになったそうや。桜峠には今も了源和尚の墓が残っとる。
用語説明
信楽
滋賀県信楽町。

よきとぎ地蔵


加太
関町加太。

大和
今の奈良県。

佐那具
上野市佐那具。

千貝
阿山町千貝。

在所
人の住んでいる所。

丸柱
阿山町丸柱。

了源和尚
京都仏光寺(ぶっこうじ)の第七世了源性空上人(りょうげんせいくうしょうにん)。南北朝動乱のさなか仏教の布教に努めた。その足どりは遠江(今の静岡県)から安芸(今の広島県)、四国にまでおよぶ。



 そんな出来事があったのち、旅の和尚さんがフラリと千貝を訪(おとず)れてな。その和尚さんの名前はわからんのやけど、
「この街道は往来(おうらい)が危険やから、安全のために地蔵を彫(ほ)ろう」
と村人に言うて、持っていたよきをといでお地蔵さんを彫ったんが、よきとぎ地蔵やそうや。
 よきというのは、斧(おの)のことでな。むかしは両手(りょうて)で使うよきやら、片手(かたて)で使う手よきやら、いろんなよきがあった。お地蔵さんを彫ったのは、刃わたり六寸(すん)ほどの手よきやと思うんやけどな。
 街道ぞいの小川に、よきとぎ石というたたみ一畳(いちじょう)くらいの大きな川石があってな、旅の和尚さんは、そのよきとぎ石でよきをといで、お地蔵さんを彫ったそうや。
 その和尚さんが彫ったよきとぎ地蔵は、ふすま二枚(まい)くらいの大きな岩にお地蔵さんが二体彫られとるめずらしいお地蔵さんで、霊験(れいげん)あらたかと評判やった。
 
六寸
約18センチ

霊験あらたか
神仏のご利益(りやく)がいちじるしいこと。



   
 むかしは、お百姓(ひゃくしょう)さんは金を持ってないし医者にもそうそう頼(たの)めんかったから、病気になったらもっぱら神仏だのみや。それで、本人に代わってきちんと拝(おが)んでくれる人も、その時分(じぶん)はおったんや。たいていは年寄りやった。千貝にもそういうおばあさんがおってな。そのおばあさんはお地蔵さんの前で拝んで、どこが悪いか言い当てたそうや。
 おばあさんは、お地蔵さんに拝んだあと、
「この人は、どこそこが悪いのやろうか」
と、自分で思たことを尋(たず)ね、それからお地蔵さんの前に置いてある大きな丸い石を持ち上げんのやて。ふだんやったらとても持てんくらい重い石なんやけど、尋ねたことがおうとったら、コロッと上がって、あわへんだら上がらへん。それでわかるんやて。それがようおうたらしてな。千貝だけとちごて近くの村からも拝んでくれ、という人がよう来たそうや。拝んでくれる人は、もうだいぶ前にいやへんようになったけど、丸い石は今もお地蔵さんの前に置いてある。
 お地蔵さんにはふだんからお参りする人が多かったし、九月二十四日のお地蔵さんの会式(えしき)には、お参りしたあと午後三時ごろからその前の広場で会食(かいしょく)する「おこもり」があったんや。みんな重箱にごちそうをつめてもってきて、年寄りや女子(おなご)子どもには楽しみやった。その晩(ばん)には、広場で江州(ごうしゅう)音頭も踊(おど)ってお祭りしたんや。お地蔵さんへのお供(そな)え物は、カボチャでお月さんをつくったり、ナスで馬をつくったりしためずらしいもんやった。今は、むかしのような特別な飾(かざ)りをつくって供えることはのうなったけど、「おこもり」は今でものこっとるんや。
 
会式
一堂に会して祈りを捧(ささ)げる仏教の儀式。

おこもり
神仏に祈願(きがん)するため、神社や寺、お堂などにこもること。

江州音頭
滋賀県八日市市を中心として、各地で行われている盆踊り唄(ぼんおどりうた)。



読み手:山崎 萬里子さん