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川越町 りゅうぐういけ
龍宮池
高松海岸の沖には昔から竜神さんがすんでいるといわれていました。
江戸時代の天保五年、日照りが続いて困った人々は、
こんなふうに龍神さんに雨乞いをしたのです。

お話を聞く

 朝明川(あさけがわ)の水が流れ込んでいる高松海岸の沖には、龍神(りゅうじん)さんがすんどるんやで。
 ずーっとむかし、日照(ひで)りがつづいてなあ、お百姓(ひゃくしょう)さんが困っとったとき、その龍神さんに雨乞(あまご)いをしたら、八幡(はちまん)神社の境内(けいだい)で水が湧(わ)いてきてな。村人らは驚(おどろ)いて、水が湧いた池を龍宮池(りゅうぐういけ)と名づけたんやて。それ以来、日照りがつづくと、村人はこの池や高松海岸に行って、雨乞いをする習(なら)わしやったんや。
用語説明
高松
川越町高松。

八幡神社
高松八幡神社。



 後の世に語り継(つ)がれるほど大飢饉(ききん)が広がった天保(てんぽう)五年も、そんな年やった。かんかん照りのお日さんの下で、植えられた田んぼがひび割(わ)れてな。水に責(せ)めぬかれ、飢(う)え苦しむお百姓さんにとっては、神さんの力にすがるしか方法がなかったんや。「龍神さん、ひと雨くれんかなあ」
「ちょぼっとでええから、雨がほしいなあ…」
 この年はついに井戸まで干(ひ)上がってしもてな。自然の恐(おそ)ろしさに村人はみんな困りはてたんや。
「こうなったら、龍神さんに頼みに行こやないか」
「そやそや、雨乞いしよまいか」
 お百姓さんも旦那衆(だんなしゅう)も村役人も、帰りには雨に降(ふ)られてもええように、みのや菅笠(すけがさ)かぶって八幡神社に出かけてな。厳粛(げんしゅく)な神事を行ってから、龍宮池の水を榊(さかき)でふりかけ合い、身を清めて高松海岸へ出発する夜を待ったんやで。
「わいら、ちょうけとるやつがあっか」
「もっと真剣(しんけん)にならなあかんぞ」
 若者(わかもの)がちょっとでもふまじめな態度をしようものなら、古老(ころう)は、せっぱつまった心こそ、神さんに通じるんやと説いていさめたんや。
 いよいよ夜になってな。「高松村」と書かれた高張提灯(たかはりちょうちん)を竿(さお)の先につけて持った者が先頭に立ち、御神酒(おみき)や竹笹(たけざさ)を持った村の者らが朝明川の堤防(ていぼう)を東へ東へと歩いてな。高松海岸に着くと、みんなふんどし一丁になって、海の中へ入っていったんや。夏とはいえ、夜の海は冷たてな。
「おー、ちびた。わいらどうや、ちびたないか」
「おらもうあかん。金玉ちぢみあがったぞ」
 
飢饉
農作物が実らず、食物が少なくなって飢(う)え苦しむこと。

天保(てんぽう)五年
1834年。江戸時代


神事に用いる常緑樹(じょうりょくじゅ)の木

わい
おまえ

ちょうけとる
ふざけている

高張提灯
長い竿(さお)の先につけて高くあげるようにこしらえた提灯

ちびた
冷たい




   
 そんなことを言い合いながら海の中を進み、みんなを率(ひき)いとる者が決めた場所に笹を立てて御神酒をふりかけ、全員で海水をかけ合ったんや。率いとる者が大声で、
「さあさ降(ふ)れよ、さあ降れよ」
と叫(さけ)ぶと、全員が声を合わせて
「さあさ降れよ、さあ降れよ」
と叫んでな。
「笹のつゆほど雨降れよ、笹のつゆほど雨降れよ」
と何回もくり返して叫んどるうちに、率いとる者がころあいを見て、
「あがった、あがった、あがったぞー」と怒鳴るんや。「あがった」と言うのは、龍が天に上って雨雲を吐(は)き出しとる、という意味でな。全員がつづいて、
「あがった、あがった、あがったぞー」
と声をかぎりに叫んで、海での雨乞いは終わるんや。
 海で雨乞いが行われとるころ、八幡神社の拝殿(はいでん)でも太鼓(たいこ)を打ち鳴らしてな。
「さあさ降れよ、さあ降れよ」
と、神社に残った村人らが祈(いの)りつづけとったんや。こうした村人らの純粋(じゅんすい)な思いが龍神さんに通じたんやろな。雨乞いをした後は、必ず恵(めぐ)みの雨が降ったんやて。
「ええ雨やなあ。ありがたいこっちゃ」
「ほんまに恵みの雨で助かったなあ」
 雨乞いした村人らはみんな、子どものようにはしゃいだんやて。
 やがて、近くの村々からも雨乞いを頼(たの)まれるようになるほど、「高松の龍宮さん」は有名になったんや。
 この雨乞いの行事が最後に行われたんは昭和十九年で、このときも恵みの雨が降ってな。今も地元の人らは八幡神社の龍神さんを「龍宮さん、龍宮さん」と呼(よ)んでお参りし、龍神さんの遺徳(いとく)をしのびながら、その恵みを授(さず)かれるように祈っとるんじゃ。
 
拝殿
礼拝を行う建物。神社の本殿(ほんでん)の前に建つ。




読み手:森谷 政郎さん