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員弁町 おねじゃたぬき
おねじゃたぬき
昔から員弁では水をめぐる争いが絶えませんでした。
困るのは人ばかりではありません。
「水げんかばかりしている村の衆がにくうてならん」と出てきたのは……。

お話を聞く

 だいぶ昔のことじゃけどのお…。
 このあたりは庄屋(しょうや)さんの広い屋敷(やしき)で、昼もうす暗い大きな森や竹やぶがあって、長い長い土塀(どべい)がぐるっと屋しきをとりまいていたそうな。
 ある晩のことや。組親(くみおや)になったばかりの若い太兵衛(だへえ)どんが、庄屋さんの家へお祝いによばれていくことになったんや。
 鼻をつままれてもわからんような竹やぶの暗やみ、ギイギイと竹のすり合う音、自分のはいている草履(ぞうり)の音にさえびくびくして、太兵衛どんは庄屋の家へ急ぎながら、
(『そんな着物では庄屋さんに失礼だ』とか『この帯の方がええ』とやら、女房(にょうぼう)がこまごまいうもんで遅(おく)れてしもた。こんな暗いなら、野良着(のらぎ)のままでもええ、もっと明るいうちに来るじゃったに。)
 太兵衛どんは口の中でこんなことをつぶやいておったんや。
そうすると、なまぬるい風が太兵衛どんの顔をなぜるように流れて、竹やぶの中から大入道(おおにゅうどう)がニュッと首を出しよった。身のたけ八尺(はっしゃく)あまり、こうし縞(じま)の着物を着て、縄(なわ)の帯をしめている。ギョロッとした目があやしく光る。
 太兵衛どんは腰(こし)がぬけんばっかりにびっくりぎょうてんし、ほうほうのていで茶屋まで逃(に)げて帰ったのさ。
用語説明
組親
地域社会の末端を構成する組をまとめる人。

大入道
坊主頭をした大きな妖怪

八尺あまり
約2.5メートル

ほうほうのてい
さんざんな目にあって今にも這(は)いださんばかりにやっとのことで逃げ出すようす。



 「また化かしよったか。よしよし、俺(おれ)が追っぱらってやろう。太兵衛、お前もついてこい」
 茶屋のおやじは人のいい男でのお、青くなってふるえている太兵衛どんの話を聞いてこう言ったのよ。茶屋のおやじが棒(ぼう)を持って走る。その後から太兵衛どん。やっと二人がさっきの竹やぶのところまで来てみれば、いる、いる。大入道は道のどまん中につき立っている。
 提灯(ちょうちん)の灯でよくすかして見ると、大入道は枯(か)れてしまった一粒(つぶ)も実のないイネを一束かかえている。
「こら、大入道、じゃまするな。そこどけ。どけ、どけ」
 茶屋のおやじが棒をふり回すと、大入道が大声でどなりつけた。
「この稲(いね)を見てみい。この通り枯れてしもうて、実はひとつもついとらんじゃろ。おれは水がほしいのや。水げんかばかりしているお前たち村の衆(しゅう)がにくうてならん」
 そのあたりは水のとぼしいところで、毎年、水げんかばかり。その度けが人が出る。村の衆同士でも互いににくみあう。それはひどいもんじゃった。
 そこで考えついたのが、日影石(ひかげいし)ちゅうもんや。つまり、水路の水を分ける時に、石を立ててその日影によって時間をはかり、公平に水を分配しようということなのさ。その日影石を立てた祝いが、その晩、庄屋の家であったのさ。そのおよばれに行く太兵衛どんの前に現れたのが、この大入道。
「おーい、その棒を捨てろ。やっと日影石ができて、水げんかがなくなろうとしているのに。なあ、太兵衛どん、お前、庄屋の家へ行ったら、これからみんな仲良く水を分けようと、みんなにそう言っとけ」
 
水げんか
かんがい事業が進んでいなかった昔は、雨が少ない地方は水不足に悩(なや)まされていた。田に引く水の量をめぐる村同士の争いも多かった。

日陰石




   
 茶屋のおやじも、太兵衛どんも、黙(だま)ったまんま大入道をにらむばかり。
 「まだおれの言うことがわからんのか」
 大入道は、大きな右手で茶屋のおやじの首すじをぐっとつかんだ。左の手は太兵衛どんの首すじをしめている。
「ウァッ」
 悲鳴をあげながら、茶屋のおやじは、持っていた棒をふり回し、大入道をなぐりつけたが、大入道はびくともせん。太兵衛どんは、もう気絶してしまっておぼえなしさ。茶屋のおやじも無我夢中(むがむちゅう)、大入道の体といわず、地面といわず、あたりかまわず棒をたたきつけたのさ。そのうち何かのひょうしに、茶屋のおやじはよろよろっと前にのめりながら、地面にとびだしていた大きな石ころを棒でたたきつけたのさ。
 と、突然、
「ギャッ!」
 すごい声をたてて大入道が飛び上がり、
「おねじゃ。おねじゃ。庄屋の屋敷に住む狸(たぬき)のおねじゃ」
 こう言って、そのまま姿を消したというんじゃ。どうやら、茶屋のおやじの棒が、大入道に化けていた狸の急所をたたいたらしいな。ハハハ……。
 それからも、この狸はちょいちょい大入道に化けたり、娘(むすめ)になったりして里の家の戸をたたいていたずらしたそうな。
「だれですかいの」
と言うと、「おねじゃ。おねじゃ」
と答える。
「またまた、あのいたずら狸じゃな。おれじゃ、と言うつもりで、おねじゃ、と言うとる」
と里の者は大笑い。人間を化かすつもりで、化けそこないというわけさ。
   



読み手:渡部 勇さん