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北勢町 たしろがいけのしろいりゅう
田代が池の白い龍
この地方に今も残る田代が池、
そこにはその昔、池の守り神である白い竜が住んでいました。
その竜をまつる祠に伝わっている竜と人とのお話です。

お話を聞く

 むかしむかし、作一(さくいち)というきこりがおりました。作一は貧乏(びんぼう)でしたが、ひとつ自慢(じまん)なものがありました。それは、娘(むすめ)の沢(さわ)でした。作一はいつも、
「沢は村一番の器量(きりょう)よし。それに気立てもやさしい」
と自慢しておりました。作一は娘と二人暮(ぐら)しで、沢は十七になっていました。
 秋のある日、作一は沢をつれて山へきこりに出かけました。悟入谷(ごにゅうだに)をのぼり、美濃(みの)の国との境あたりまで行くのです。谷あいの雑木は美しく紅葉(こうよう)していました。ところどころ谷川におおいかぶさりながら真っ赤にもえるかえでが目にしみるようでした。
 やがて作一は仕事をはじめ、沢は美濃の国が一望できる見晴らし台まで行ってみることにしました。そして、この近くにある田代が池のふちで落ち合って、いっしょに弁当を食べることにしました。
 いっときほどしてから、作一は仕事をきりあげ、見晴らし台に向かいました。すると、山あいから沢の笑い声が聞こえてきました。
 作一は、おや、と思って走り出しましたが、沢の姿(すがた)を見ると、びっくりして立ち止まりました。木立の中を、沢が笑いながら走り、そのあとを見たことのない若者(わかもの)が走っているのです。沢は、木立を右に左にとくぐり抜(ぬ)け、若者も笑いながら沢を遠まきにするように追っているのです。
 作一はその場に立ちすくんでいました。沢は作一を見つけてぎくりと立ち止まりました。若者も気がついて、沢と作一を交互に見ていました。
用語説明
美濃の国
現在の岐阜県中部・南部のあたり



 作一は気がついたようにきつい声で沢を呼び、その日はそのまま、沢をひきたてるようにして山を下ってしまいました。帰り道で沢は、
 「あの人は、田代が池のおもりをする人やて」
とぽつりと言いましたが、作一はだまりこくっていました。
 それから、沢と作一とのあいだで、あの若者の話はひとことも出ませんでした。
 次の年の春がすぎ、田植えの時期になりました。ところが、ずっと雨が降(ふ)らなくて、田に引く水がこないのです。村人たちは、総出で水神さんの祀ってある田代が池へ雨乞(あまご)いに出かけました。それでも雨が降りません。水神さんの小さな祠(ほこら)でとまりこみでお祈(いの)りをすることになりました。
 作一も、祠の前で、火を絶やさないようにして眠(ねむ)らずに夜をあかしておりました。
 池のまわりはうっそうと木が茂(しげ)り、水面は黒く、波ひとつたたないのです。じっと見ているとその中に引き込(こ)まれてしまいそうです。
 あたりが薄(うす)明るくなりはじめたころ、作一はほっとしてついうとうととしかけました。ふと人の気配に作一が目をあけると、すぐ近くにぬっと見知らぬ若者が立っていました。色がぬけるように白く、目はすずやかで、今まで見たことのない着物を着ていました。
   



   
 若者は作一ににっこりと話しかけ、
「またお会いしましたね」
と言ってきましたが、作一はどこで会ったか、どうしても思い出すことができませんでした。不思議そうに眺(なが)める作一に、若者は
「雨を降らせてやろうか。そのかわり、わたしの望みのものをください」と言うのです。作一は、ばからしくなって
「水神さんにもできんことをおまえにできるわけがない。もしできたら何でも望みのものをくれてやるわい」
と言いますと、
「その言葉にいつわりはありませんね」
と言うなり、さっと木立の中へ消えてしまいました。
 作一はその姿を見てはっとしました。去年の秋、沢と木立でたわむれていた若者が今の若者だったのです。その時の沢の楽しそうな笑い声も思い出されてきましたが、作一はそれを打ち消すように、荒々(あらあら)しく木を折ると火にくべました。
 その夜のことです。はげしい稲妻(いなずま)とともに、天が割(わ)れたかと思うような雷鳴(らいめい)が轟(とどろ)き、大粒(おおつぶ)の雨が音をたてて降ってきました。光る稲妻、地に突(つ)き刺(さ)さるような雷鳴、たたきつけるような雨が一晩(ばん)中続きました。
しかし作一は座ったままじっと何かを見つめるようにしていました。
 朝になっても雨はまだ少し降りつづいていて、そのまま三日降りつづきました。村の田植えは全部終わりました。
 村人は作一の家に集まり、みんなで唄(うた)をうたい、酒を飲み、作一も久しぶりにいい機嫌(きげん)になり、沢の自慢をしていました。
   



   
 夜半に、だれかが表の戸を叩(たた)いているのに気づいて目をさましました。作一が戸を開けると、そこには、あの若者が立っていたのです。
 若者は、一歩家の中へ入りました。作一はそのままうしろへたじろいで、まだものも言えずに立っていました。
 沢は、若者を見ると、一瞬(いっしゅん)よろこびをはしらせましたが、立ったまま作一と若者を見くらべました。
 すると、若者は静かに話し出しました。
「わたしはあの池の守り神です。わたしは片方の目をつぶして雨を降らせました。あなたもわたしとの約束を果たしてほしい……。わたしは沢がほしいのです。……沢、こちらへ来なさい。わたしといっしょにあの池にすむのです」
 沢は、ふらふらと若者に近寄ると、そのままいっしょに表へ出ていきました。
「待ってくれ、わしはそんなつもりでは……。沢、沢…」
 作一ががっくりとひざをついて空を仰(あお)いだとき、稲妻が走り、沢を抱(だ)きかかえた白い竜(りゅう)が、山の方へ飛んでいくのが目にうつりました。
 その日から、作一と沢を見た者はひとりもいませんでした。
 田代が池の淵(ふち)に、いつのまにか美しい祠がつくられていて、誰(だれ)いうとなく、あれは、作一が作ったんだといい伝えられていきました。
   



読み手:井後 純子さん