片樋(かたひ)のお宮さんの近くには、大きなマンボがあるんよ。マンボちゅうんは、地下水を集めて農業用水にした横井戸(よこいど)のことでな。北勢(ほくせい)には三百も五百もあるけど、片樋のマンボは、八町歩(はっちょうぶ)全部の田をうるおすほど、水量が多いんや。マンボの水は冷たてきれいやから、その水でできた米はうまいし、むかしは地元の人らもマンボの水を飲んだり、米をといだりしとったんや。
そのマンボのねきにな、むかしむかし、おばあさんが一人住んでござったんやわ。 このおばあさん、しっかりだんごが好きでね。とくに、たまりをぎょうさん付けた、付け焼きが大好きやったんね。ほやもんで、日暮(ひぐ)れになっとマンボのあたりは、いっつもだんごの焼ける香(こう)ばしいかざがしとったんや。
ある日のこと、そのかざにつられてな。
「おっかあ、だんごくれ」
ちゅうて、一匹(ぴき)の狸(たぬき)が入ってきたん。おばあさんは、びっくりしたけど、「お前もだんごが好きなん? ほんなら食べなはれ」
と、だんごを投げたったん。 |
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片樋
大安町片樋。
片樋のマンボ

八町歩
約8ヘクタール
ねき
近く
だんご
くず米を粉に挽(ひ)き、少量の餅米(もちごめ)を入れてつき、四角い切り餅のようにした。
かざ
匂(にお)い
するとさいが
そうすると
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するとさいが、狸はな、八畳敷(はちじょうじき)を広げて受けとったん。そのかっこがおもしょかったもんやで、
「ほれ、もひとつ」
とだんごをやったん。それからちゅうもんは、もう、まいこまいこ日暮れになっと狸がやって来るようになってしもたん。おばあさんもさ、狸の分も焼いて待っとるようになったんやけど、そのうちにだんごがのうなっちもたんやわ。そんでね。おばあさんはねきの人に、
「だんごをよんでくれんかね」
て頼(たの)んだらさ、ねきの人は、
「おまえさんの食べるぐらいはやるけどさ、狸の分まではようやらんわ。そのド狸にはな、そこらに落っとるいしなでも焼いときなはれ。ほしたら二度と来んようになるやろ」
そうゆうて、ちょこっとだけだんごをくれやしたん。たしないだんごやで、おばあさんは大事によばれとったんやけどな。狸がもらいにくると、
「しょうがないな」
てゆいながらも、ちょこっとずつはやるようにしとったん。もうただんごも、だんだん減ってくわな。 |
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八畳敷
狸(たぬき)の睾丸(こうがん)の皮。たぬきの皮がよく伸び、しかも丈夫であることからたとえられた。
おもしょかった
おもしろかった
まいこ
毎度
よんでくれんかね
食べさせてもらえませんか
いしな
石
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そんでね、とうとう一番しまいのだんごを焼くときな、だんごをくれやしたねきの人がゆわしたように、だんごによう似たいしなも焼いとったんね。そこへいつものように狸がやってきたん。
「おっかあ、だんごくれ」
おばあさんはもうだんごがないやろ。しょうことなしに、その焼けたいしなをやったん。いつものように八畳敷を広げて受けとった狸は、
「ギャー」
ともんのすごい声出して逃(に)げてってしもたん。 あくる日、マンボのねきにな、大やけどをしたどえらい狸が死んどったんやて。
ほしてね、だんごが全部のうなっちもたおばあさんは、それっきり姿(すがた)が見えんようになって、どこへ行っちもたんやら、今だにだあれも知らっせん。マンボの水だけが、今も変わらずとうとうと流れとるんやに。 |
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ゆわした
言った
しょうことなし
しかたなしに
のうなっちもた
なくなってしまった |
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