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大台町 なかをさかれたそうりょのうらみ
昔々、お坊さんは結婚することが許されませんでした。
そのために恋しい娘と引き裂かれ、村に呪いをかけたお坊さんの供養碑のまわりは、
いつも湿っていたそうです。

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 むかしむかし、と言うてもそんなにむかしやないんやけど、このあたりに神戸彦六(ひころく)、金兵衛(きんべえ)、善太郎(ぜんたろう)という三人の大金持ちがおってな、村人はカナエの三軒屋(さんげんや)と呼(よ)んどったんや。
 その中のある家にな、都でもこれほどはおるまいというくらいべっぴんの一人娘(むすめ)がおったんやそうや。
 そのころ、松林寺(しょうりんじ)の住職の恵南和尚(えなんおしょう)っちゅう坊(ぼう)さんが、この家に出入りしとったんやけど、困(こま)ったことに和尚(おしょう)と娘(むすめ)はどちらからともなくねんごろになってしもたんや。
 今では坊さんも奥(おく)さんももらうし子どももおるけど、このころは坊さんっちゅうもんは、酒を飲むのも、結婚(けっこん)するのも許(ゆる)されへんだんや。
 せやもんで、村の年寄りらは、和尚を「不義者(ふぎもの)」やと決めこんで、村から追い出すことにしたんや。それに、村の若(わか)い者らも、ひそかにあこがれておったべっぴんの娘に手を出したにくいやつめ、とばかりによってたかって和尚を追い出してしもたんやそうや。
用語説明
松林寺(しょうりんじ)
浄土宗の寺

不義者(ふぎもの)
道義(どうぎ)にはずれた行いをする人のこと



 ところで、むかしは衣(ころも)を焼いて祈祷(きとう)すると、仏さんがどんな願いでも聞いて下さるて信じられておったんや。
 好きな娘と引きさかれた和尚は、泣き泣き寺へ戻(もど)ったんやが、悲して悔(くや)してどうにもなれへんもんで。すぐに金糸の衣に火を付けたんや。
 それをこっそり見ておったのが、村の者なんや。和尚を追い出したものの、どげにしとるんかと様子を見にきたんやが、和尚がはじめた祈祷を聞いて腰(こし)をぬかすとこやったんや。
「わしと娘を引き裂いたこの里をわしの執念(しゅうねん)で呪(のろ)ってやるぞ。これから先、大金持ちも偉(えら)い人も出やんように、いやいや、それでは足りん、この里を荒れ野(あれの)にしたるぞ」
 と、和尚は、こんなおそろしいことを祈(いの)っとったんや。
 そればかりやあらへん。衣を燃やした灰(はい)をふりまき、上り尾(のぼりお)の道をふり返り、ふり返り池の奥(おく)へ歩いていってな、それきり和尚の姿(すがた)を見た者はあらへんだんや。
   



   
 泣きくずれる娘をなぐさめておった村人たちも、これを聞いて青うなった。今なら迷信(めいしん)や、で済(す)むところやけど、このころはそれが信じられとったでな。和尚の祈祷どおり里を荒れ野にされてはかなわんなあ。どないしよかと寄り合いを聞いたあげく、和尚が灰をまいたところを別の里として区切って、そこを荒れ野にして許(ゆる)してもらうということになってな、さっそくそこに供養(くよう)の碑(ひ)を立ててとむらったんやそうや。
 そのうち坊さんも酒や肉を食ったり、奥さんをもろたりしてもええようになったんやが、荒れ野にしたところは、荒れるままに放っておかれてな、恵南和尚のなみだがつきやんのか、いつもじめじめしとったんやそうや。それを見て和尚をあわれに思うとった村人は、五十年ごとに和尚の供養を続けておったんやと。
 それから、娘も三軒屋もどうなったかわからへんけど、村人が一生懸命とむらったもんで和尚の怒(いか)りもとけたんか、村からは代議士も博士も出たさかい、本当に良かったなあ。
 あの世で和尚と娘さんが幸せになっとるとええのになあ。
   



読み手:大西 幸二さん