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宮川村 てっぽう「きごべえ」のおはなし
鉄砲「喜五兵衛」のお話
昔々、喜五兵衛さんという鉄砲の名人がおりました。
その腕前は牛鬼や大蛇を倒すほど。
死んだ後まで狼を倒した腕利き喜五兵衛さんのお話です。

お話を聞く

 宮川村には喜五兵衛(きごべえ)という鉄砲(てっぽう)の名人がおってな、こんな話が残っておるんや。
 むかしむかしのことやけどな、大杉の父ヶ谷(ちちがたに)に、「牛鬼淵(うしおにぶち)」という、滝(たき)があって真っ青で深い、不気味な淵(ふち)があったそうな。
 この近くに小屋を作って山仕事をしておる者らがおったのやけど、ときどき「ざぶーん」と何やら大きいもんが淵に飛び込(こ)むような音がするのやて。不思議な音やったけど、怖(こわ)て誰(だれ)も見に行く気にはなれへんだ。
 ある時、おそるおそる見に行って見ると、そこにおったのは頭は鬼(おに)のようで体は牛みたいな気味の悪い化け物やった。これを見たみなはびっくりぎょうてん、山小屋へ逃(に)げ帰ったんや。
「こんなとこにおったら、どないなことになるかわからへん」
と、大あわてで荷物をまとめて村へ逃げかえったんやけど、そこに居合わせたのが鉄砲名人の喜五兵衛や。話を聞いた喜五兵衛は、
「そんな化け物がおるんなら、わしが射止(いと)めたるわい」
と、案内の衆(しゅう)を連れて山へ登っていったそうな。
 淵の近くへ付いて、まだかまだか、と待っておるうちに、「ざぶーん」と水音がしたかと思うと牛鬼が不気味な姿(すがた)を現したんや。喜五兵衛は二発、三発と鉄砲を撃(う)った。そやけど妙(みょう)なことに効(き)き目があらへん。そのうちに牛鬼は、どこへやら姿を消してしもた。
用語説明
大杉
宮川の上流部



 喜五兵衛らは山小屋に泊(と)まり込んで牛鬼を待つことにした。数日たって、石垣(いしがき)に隠(かく)れて見ておると、また、あの大きな水音がして牛鬼が現れたんや。それ、とばかりに鉄砲を何発撃ってもいっこうに効き目があらへん。皆(みな)が固唾(かたず)をのんで見守る前で、喜五兵衛は、
「ままよ」
と、肌身(はだ)はなさず持っておった「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と刻(きざ)んだ弾(たま)をズドーンと撃った。すると、見る見るうちに淵が真っ赤な血の海になってな、牛鬼の姿は見えんなってしもたんやて。
 もうひとつなあ、それから、鉄砲名人喜五兵衛には、こんな話もあるんや。
 大杉の高瀬というとこに大きい淵があったんや。ある日、喜五兵衛が近くを通りかかると、高瀬(たかせ)の淵の向こう岸からこっちまである大蛇(だいじゃ)が、ぬうーっと出てきたんやて。
「瀬(せ)の両岸にとどくとは、なんという大きさや。こりゃ大変じゃ」
と、さすがの喜五兵衛もあわてふためいて蛇(へび)の頭めがけて何発も撃ったんやが、いっこうに弱らへん。こまった喜五兵衛は、鉄鍋(てつなべ)の底についていた爪(つめ)を取って持っておったのを鉄砲に込めてズドンと撃った。
 すると、大蛇もたまらず川を真っ赤に染(そ)めて川下へと流れていってしもたんやて。
   



   
 ほっと一息ついた喜五兵衛が、石に腰(こし)かけて一服しておると、目の前にどこやらからか真っ白な鹿(しか)が現れて言うたんや。
「わたしは、神様の使いである。これ以上殺生(せっしょう)をしてはならん。鉄砲はもう置くがよい」
 こう、言い残すとどこへともなく消えてしもた。
「もったいない、神様のお告げや」
と喜五兵衛はふっつりと猟(りょう)をやめてしもたんやが、鉄砲名人といわれたほどの男やもん、たちまちのうちに生きがいをなくして、あの世へと旅だってしもた。
 喜五兵衛は「ふるこの川原」に葬られて、村人が墓を守っておったんやけど、ある時狼(おおかみ)が現れて墓石を倒(たお)してしもたんや。これを見た村人は
「喜五兵衛さんよ、鉄砲名人で怖(こわ)いもんなしやったあんたも、死んでしまうとみじめやな」
と、言うて、お参りをして帰ってしもた。
 それから数日後のこと。村人が墓参りに行くと、狼が墓の穴(あな)に引き込まれて死んでおる。
「やっぱり、喜五兵衛さんや。死んでもえらいもんや。魂(たましい)が生きておる」
と村人は感心してな、喜五兵衛の名前を語り継(つ)いできたんや。
   



読み手:山本 良平さん