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美杉村 じょろういしさん
女郎石さん
昔の伊勢街道のであった美杉村の伊勢地には、
「女郎石弁財天」という神様があります。
この神様にまつわる、豊姫というお姫さまのお話です。

お話を聞く

 美杉村伊勢地(いせじ)の、逢坂(おうさか)というところにな、女郎石弁財天(じょろういしべんざいてん)というて、ちょっと変わった呼び名の神さんがまつられておいなさるんやに。
  この神様はなぁ、時の帝(みかど)のお気に入りやった豊姫(とよひめ)という姫さんを祀ってあるんやに。
 それは、建武の中興(けんむのちゅうこう)のころというから、今から、六百年余りも昔のことになるんさ。
 そのころ、都で戦がおこってな、豊姫、竹姫(たけひめ)という二人の姫(ひめ)さんが難をのがれるため、とら五郎、わに五郎という二人の舎人(とねり)をお供に、北畠(きたばたけ)という伊勢の国司さまをたよっておいなしたんやて。
 ところが、せっかく遠いところをおいなしたのに、国司さまのところへ行く途中(とちゅう)の飼坂峠(かいさかとうげ)は、もう敵の手がまわっておったんやて。しかたなしに、姫さんたちは、逢坂に住むことにしなしたんやそうな。
用語説明
伊勢地
美杉村石名原にある奈良から三重県に入ってくるところ。伊勢参宮の人がはじめてたどりつく、伊勢の国であることから、伊勢地と名付けられた。

逢坂
美杉村八知(やち)と石名原との間にある峠


天皇のこと

建武の中興(けんむのちゅうこう)
建武天皇が元弘(げんこう)3年(1333)六月、鎌倉幕府を倒して、天皇の親政(しんせい)による政権をうち立てたこと。

国司
朝廷からつかわされた役人。今の県知事のようなもの

飼坂峠
「お伊勢参りしてこわいとこどこか、櫃坂(ひっさか)、飼坂(かいさか)、鞍取坂(くらとりさか)…」と恐れられていた伊勢本街道の難所の一つ。



 しかし、悪いことは重なるものやなあ。それから間なしにはやった疫病(えきびょう)にかかり、お供のとら五郎とわに五郎は相ついで死んでしもた。さいわいに姫さんたちは二人とも助かりなしたのやった。
 ここに住まいだしたさいしょのころは、
「都からおいなしたらしいが、あれはわけありやに」
「そやな、下手にかかわらんほうがええに」
と冷(つめ)とうしとった里の者も、頑丈なわに五郎たちが死んで姫さんたちが助かったことに
「よう、助かりなしたもんや」
「都の人やで、わしらとはちがうんやに」
そして、
「きっと不思議な霊験(れいげん)を持っておいなさるんかもしれんな」
と言い合った。
 やがて、竹姫さんは峠を一つ越えたところの老ヶ野(おいがの)に行ってしまわれて、いよいよ一人ぼっちになってしもた豊姫さんは、とら五郎たちの墓に参って菩提をとむらう毎日を過ごしておいなした。そんなある日、墓に参った帰り道、不思議な形をした石を見つけなしたんやて。豊姫さんはそれに手馴れ石(てなれいし)と名付け、毎日この石と遊んでさみしさをまぎらわしておいなしたが、気の毒にそれから間もなく死んでしまわれた。
 

老ヶ野
美杉村八知の小字。老ヶ野垣内(おいがのがいと)




   
 亡くなるとき、
「手馴れ石のそばに葬ってください」
 そう言って遺言(ゆいごん)をしなしたそうな。里の人たちは、約束通り豊姫さんを手馴れ石のそばに葬ってさしあげた。すると、そこから大きな女郎蜘蛛(じょろうぐも)がはい出してきて、手馴れ石の下へ入っていったんやて。
「なんと、豊姫さんが女郎蜘蛛になりなした」
 里の人たちは固唾(かたず)をのんでそう言い合った。
 やがて時がたつにつれ、
「なぁ、豊姫さんは、弁財天のようにきれぇやったなぁ」
「それに不思議な力をもっておいなしたがな」
 みんな、豊姫さんを偲んでそう言い合ようになっておった。そして、だれからともなし女郎蜘蛛と手馴れ石、そして弁財天とを合わせて「女郎石弁財天」として逢坂の守り神さまになっていただいたらどや、ということになって、社を建ててお祀りしたのやった。それからというもの
「女郎石さん、女郎石さん、」
と親しんで、朝な夕なにあがめてきなした。
 そのご利益やろまいか、それ以来ここ逢坂の女の人らは、女が患う病気にはかからんそうやに。それに願いごとをようきいてくださるんやて、もし叶えてもろたら、土の団子を七つこしらえてお礼参りしなさるそうな。
 逢坂では、今が今でもこの女郎石さんを大切におまつりしておいなさって、四月七日の春祭には、穀雨待ち(こくうまち)しなさる。そのあと、神前に供(そな)えたたにしの山椒味噌和え(さんしょうみそあえ)をごちそうに、にぎやかに酒をくみかわしなさる。逢坂の人たちは、みんな仲(なか)がええんやと。これも女郎石さんのおかげやろなあ。
 
女郎蜘蛛
クモの一種でメスは腹部に緑青色と黄色のあらい横縞があり、足には黄と黒の縞もようがある

弁財天
七福神の一人。美人の代名詞としても用いられた。
 
山椒味噌
山椒の葉をすって味噌にしたもの



読み手:坂本 幸さん