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芸濃町 てんにのぼったりゅう
天に昇った龍
芸濃町の雲林院には、龍王桜と呼ばれる桜があります。
この桜は、龍が残した桜の種からはえたものなのだとか。
それは、こんなお話です。

お話を聞く

 むかし、むかし、ずうっとむかしのことなんやけどな。
 川の淵(ふち)にな、小さいころに迷子(まいご)になって、天から落ちてしもうた龍(りゅう)が住んでおったんよ。その龍はおとなしゅうてめったに姿(すがた)を見せへんだけど、月夜の晩(ばん)には空をながめて
「ああ、天にかえりたいなあ」
と思うて涙(なみだ)をこぼしておったんさ。
 そやけど、天に帰るにはえらい坊(ぼう)さんの話を聞いて、いろいろ勉強をせんならんかった。そうやで、龍はえらい坊さんがおいでになるのをずうっと待っておった。
  川の淵の上にはな、長徳寺(ちょうとくじ)というお寺があってな、いつのころからか、大器用道(たいきゆうどう)とおっしゃるえらい坊さんが住まれるようになったんやて。
 坊さんが、毎日暗いうちに起きてお経(きょう)をあげるとな、声が山に響(ひび)いて、龍のおる淵の水がシュシュシュシュシュシュと小さい波をうち立てるほどやったんやと。
用語説明
長徳寺(ちょうとくじ)
雲林院の寺



 そのうち、坊さんがお経をあげてみえると、きれいな着物を着た娘(むすめ)さんがお参りに来るようになってな、お経がはじまるといつのまにか後ろにおって、だまっておるのやが、そのうちいっしょになってお経をあげはじめたんやて。
 坊さんは、これは何かわけありやと思て、娘さんに聞いた。
「これ、娘さんや。お前さんはいったいどこのどなたじゃな」
「はい、わたくしは門前の淵に長年住んでおります龍でございます」
「龍であるお前さんが、なぜに毎日お参りにこられるのじゃ」
「はい、わたくしは元は天に住んでおったのですが、おはずかしいことに、幼(おさな)きころ、迷って天から落ちてしまいました。一日もはよう、帰りたいと願(ね)ごうておるのですが、そのためにはえらいお坊さまのお話を聞き、天に帰るすべを学ばねばなりません。
 長年の思いがみのり、こうしてあなた様のようなりっぱな方に巡(めぐ)り会えましたので、こうしてお参りしております」
 そう言うて深々と頭を下げたので、坊さんは、深くうなずいて
「そうか、そうか。それでは百日のあいだ、わしと一生懸命(いっしょうけんめい)お参りをなさるがよい」
とおっしゃった。
 それからというもの、娘さんは毎日毎日きちんとあいさつをして寺へあがり、仏様のお花の水をかえたり、寺の中をはいたり、ふいたりきれいにするようになったんやと。
 それが終わると、坊さんと娘さんは、
「龍のお子が天に帰ることがかないますよう、御仏(みほとけ)のお力をお貸しくだされ」
「天に帰ることができますように。一日も早う、天の母上にあえますように」
と一生懸命お参りをされたんや。
   



   
 そして九十九日目の朝。坊さんは、娘さんに言わはった。
「長い間、ようお勤(つと)めをされた。明日はいよいよ満願(まんがん)の日。必ずや天に帰れよう」
 娘は、涙を浮かべて頭を下げて、
「ありがとうございます。何のお返しもできませぬが、このうろこと桜の種をさしあげます。もし、何日も雨が降(ふ)らぬようなことがありましたときには、このうろこをもって山へ登り、天に向かって『雨をたもれ』と叫(さけ)んでくだされ。きっと雨を降らせてみせましょう」
と言って、三枚のウロコと桜の種をおいて姿を消した。
 いよいよ百日目の夜のことや。急に黒い雲が出てきてな、ザァーザァーと、大粒(おおつぶ)の雨が降ってきた。その中を、大きな大きな龍がな、火をふきながら天へ登っていったのや。
 このとき、龍の鳴き声が山という山に響いてな、錫杖ヶ岳(しゃくじょうがだけ)の土もいっしょに吹(ふ)き飛んでしもうたんで、山の上は岩だらけになってしもたんやて。   
 それから何年かしてな、雨が降らんで、稲(いね)が枯(か)れて水のことでけんかがおこったんや。
 そこで、坊さんは、
「このうろこを持って、錫杖ヶ岳で雨乞い(あまごい)をするんや」
と言うて、村人といっしょにカラッカラッに乾(かわ)いた山道をエッサエッサと登っていってな、
「雨たもれ、雨たもれ」
と一生懸命お祈(いの)りなさったんや。
 すると、みなの気持ちが天に届(とど)いたんやろか、その日の夕方、雨雲が空に広がって、大粒の雨が降ってきてな、村人はみんな大喜びしたんやて。
 そうそう、龍がうろこといっしょに残した桜の種はな、お堂の前で大きいなって、今でもきれいな花を咲(さ)かせとる。
 
錫杖ヶ岳
 
 龍王桜



読み手:松本 幸子さん