三十六歌仙扁額

さんじゅうろっかせんへんがく


指定区分

指定種別

有形文化財(絵画)

指定・登録日

市町

伊賀市

所在地

伊賀市一之宮

所有者

敢国神社

員数

12面

構造

-

年代

江戸時代(初期)
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関連資料

概要

 扁額は縦61.8~62.5㎝、横107.5~108.5㎝、個々の色紙は縦19.5~21.0cm、横16.0~18.2cm。図はそれぞれ紙本金地著色。現状では、三十六歌仙の歌仙画3枚を1組として、計12面の扁額に納められている。
 『公室年譜略』(こうしつねんぷりゃく、江戸時代に成立した藤堂高虎・高次・高久の事跡を記した記録)慶長14(1609)年の条に「三十六歌仙ノ額 各三十六枚倶ニ近衛信基公筆画ハ山徳筆ヲ神献玉フ」とあり、まさにこの扁額を指すものと考えられる。同書が示す本図の作者「山徳」については、これを同時期に活躍した狩野派の画家「山楽」の書き誤りとする見方もあるが、画風に狩野山楽の意匠は確認できない。但し、和歌の色紙が近衛信基(信尹の初名)の筆によるものという点は認めてよいようである。
 本来は36面であったものが、現在のように3図ずつ12面になったのは、『宗国史』の「本譜大通公」及び「祀典録」に記載されている、寛永13(1636)年に当社内に護摩堂が建立されたのに合わせたと考えられる。
 本図は、江戸時代初期(桃山時代末期)における三十六歌仙図の特徴をよく残している作品である。絵に比べて色紙の傷みが進んでいるようであるが、制作時期の確実性とともに、36図が欠損することなく伝存している点が重要である。

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